旭山
社長中澤茂の逡巡(第六話)
平塚工場から継続して新しい工場も、場内の害生物駆除の為、同じ駆除専門業者と契約した。
彼らは食品加工場で生活してはいけない、ゴキブリやネズミさらにハエ等飛翔昆虫の駆除を専門にしている。
彼らは先ず、ゴキブリホイホイやネズミホイホイをアッチコッチに仕掛け、誘虫灯には時系列で捕獲数が分かるロール式の銀バエホイホイをセットする。
数日後、それらの調査結果に基づき対象生物の駆除対策を講じ、見積もりと共に契約先に提案する。
契約先の合意が得られれば彼らとエゲツナイ生き物たちとの戦いが始まるのだ。
中澤茂があらたに任された賃貸工場は、前オーナーによる遊興費過度の為倒産し、1年ほど放置されていた建物だ。
内外装の改装に金をかけたが、ゴキブリが跡を絶たない。
度々のバルサン攻撃にもその都度累々たる死骸が工場内に散見された。
どうやら下水管を伝わって外部から浸入してくるらしい。
工場外部にある浄化槽の上に放置されたボロボロのベニヤ板をはぐったゴキブリバスターの2人組みが悲鳴を上げた。
巣があったらしい。
ゴキブリバスター屋はその業種に似合わず、毎年、年始の挨拶に鉢植の桜の小鉢を持ってくる。
まだ硬いつぼみがたくさん付いた「旭山」と言う品種の桜は剪定にも強く、盆栽向きらしい。
事務所の片隅に置き、たまに水をやる。
つぼみが少し大きくなったなと眺め始めた2月の初旬、つぼみの先端がパクッと割れ、内側から薄緑色の鞘状のものが現れた。
暖房の効いた部屋で開花までに必要な積算温度が種の規定値に達したのだろう、時期早々にも2月10日、「旭山」は一つのつぼみから五つもの可憐なピンクの花を咲かせた。
「今年も早々と咲きましたねー、飯田さんや遠藤さんにも見せてあげたいですねー。」
風邪をこじらせている中澤茂が咳き込みながらポツリと言った。
2006/02/16 升
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