アサリの芽 12
腹節を取りまく暗紫色の太い横縞が6本。
頭部の中腸線直上にも同色の大きな斑。
縞と縞を繋ぐ薄陶色。
何よりも尾や歩脚の先端の彩の鮮やかなこと。
青と黄色のコントラストが動物の持つ色彩とは思えない、虹色を呈している。
その美しい身体を冷たい指先で摘み上げた時、背側にグイッと反り返るモノ。
肉がはち切れんばかりに充満し、甲殻がカブトムシの様に固いモノ。
セミの様ではいけない。
いい海老の見分け方である。
そして、活き海老である以上、輸送用のオガクズの中さらには店の生簀の中で何日活き続けられるかまでもが、購入者にとって必要な条件となる。
台湾産や沖縄産の海老が一段落する6月から秋口にかけてが、当時の活き車海老流通の端境期である。
亜熱帯地域からこの時期活きたまま海老を運ぶには相当のリスクが伴うためだ。
例え出荷可能な海老を持っていても高温下の輸送途上で衰弱し、せり場で叩かれる。
従って、高温期以前に出荷を完了するのが常套手段で、奄美諸島から台湾に至る産地の市場入荷は5月のゴールデンウイーク明けの声を聞くと共に収束に向かう。
これら亜熱帯地域からの入荷は築地市場だけでも日々3tを上回っていた。
生産者を辛うじて潤す海老の相場を維持する為の上場量ボーダーラインは、国内最大の消費地築地と言えども僅かに2t/日。
そこに国内各地からの入荷も含め4tの荷物が連日押し寄せてくるのだから、必然的に相場は低迷を続け、荷主(生産者)にとっては辛うじて餌代を賄えるだけの水準に否応無しに落ち着いてしまう。
ちなみに、1㌔の海老を生産する為には、人類が直接摂取可能な雑小海老・イカ下足・雑魚・雑貝など㌔120円程度で買える“生餌”を16㌔、あるいは、“生餌”を単に、乾燥→粉砕→添加(植物タンパク・油脂・ミネラル・水)→混合→圧縮→裁断→乾燥しただけの㌔650円の“配合飼料”3㌔、を飼料として海老に与えなければならない。
いうなれば、これ以上の歩留まりの悪い水産加工はないのだが、本題と逸脱する展開になる為、異なる機会にこの重大な問題について改めて報告するにこの場は留めたい。
さて、5月まで潤沢な入荷が継続した亜熱帯産の海老が収束する6月以降、日本国内で流通される活き海老は、種・屋久島以東の列島各地の養殖もの及び天然漁獲ものに限られる。
しかも、最も養殖歴の長い天草・瀬戸内地域は度重なる疾病被害の為に青色吐息。
築地の入荷量は予想通りあっという間に2tを大きく割り込んだ。
苦労して運んだ海老も細菌性疾病(ビブリオ)に羅したものの、まずまず仕上がっている。
「そろそろ銭にするべょ~。」
高水温期、出荷する海老の状態の良し悪しは池からの水揚げの瞬間に決定される。
養殖池からの取り上げ方法は様々で、定置網・流し網・底引き網(電気網)など、養殖池の形態や規模、時期に合わせて用いられるが、暑い時期は籠網に勝るものはない。
籠網とは餌の臭いで海老を誘導し入ったら出られない所謂“ネズミ捕り器”様のトラップのことで、脱皮直後の海老は入らないし、網の目合いの調節で基準以下のサイズの海老を網目から逃がす事によって選別能力をも備え持っている。
夕方に籠の中央部にサンマなどを切り身にしてぶら下げ、漏斗状の開口部が水流の下手になるように池底に投げ込んでおく。
これを翌朝回収すれば海老がギッシリ入っていると言う寸法だ。
いきなり水から引き上げられた海老は、我が身に何が起こったのか?一瞬はおとなしい。
そして、そのまま放置すると次の瞬間には一斉に跳ねる、バケツの中でネズミ花火が数百同時に破裂したかの有り様で、うっかり素手を入れようものなら、体の各先端にある鋭い剣先に突かれ、血だらけ間違いない。
こうして気中で一度暴れた海老は、透明であるべき筋肉が白濁し、その後如何なる処置を施しても活力の低下は治癒しない。
“暴れ”を抑制する手段は唯一“冷やす”事。
私たちは池水温よりも10℃以上も低い海水を作業船に用意して、池から揚げた海老を間髪入れずにこの冷水に収容する。
「うっ!」、海老はたちまち眼を回し? 体を“海老の如く”曲げ、横転する。
腹足だけはユラリユラリと動かしている。
観賞魚取り扱いマニアルの基本である“水合わせ”を全く無視したこの処置こそ海老を高く売る最初の秘訣なのだ。
更に海老を高値で販売する秘策を私は持っていた。
築地市場には“海老組合”と称する活き海老をセリで購入する仲買達が作った組織がある。
“海老組合”の要求で各荷受は、その日に上場する海老を荷主ごとにランダムにサンプリングして、オガクズを落とし重量・生残率などを検品して開示しなければならない。
目方のないものが叩かれるのは当たり前の事だが、生残率が最も厳しく相場に影響する。
例えば、1㌔で40尾入っているサイズの海老で生残率100%の場合の相場が¥10,000/kgだとすると、1本死んでいた場合は9,000円、2本死んでいると8,000円にまで、何の遠慮もなく下がる。
そして、築地の荷主別のセリ値が2時間後には表にまとめられて、全国の業者(荷主や荷受)にFAXで送られる。
これは荷主にとってかなりのプレッシャーとなる。
完璧な海老でない限り築地で勝負できなくなるのだが、私はこのシステムを逆手にとった。
活き車海老は1㌔当たりの入り数(尾数)が10の単位でそれぞれ別物の値動きをする。
大きさによって用途が異なる事及び入荷量の差の為なのだが、それぞれ10本サイズ・20本・30本・・・60本・・・・100本サイズと表示され、通常、大きいほど高値が付く。
問題はその隙間の海老。
例えば、1㌔で45本の海老はどうなるの?なのだが、築地の場合は当たり前の様だが40本と50本の間の値段がつく。
ところが、その他の市場ではこの部分が曖昧にぼやける。49本と40本ちょうどをおなじ物として売る市場が多々ある。
そして、25gの海老の方が20gの海老より高く売れるのが普通だ。そこで、、、
①出荷場で㌔当たり39本・48本・57本になるような選別をする。
②その他の市場には①をそのまま出荷する。
③築地に出荷するものはそれぞれ1~3尾をプラスして、40・50・60本丁度にして出荷する。
Abaut40・50・60、築地の流す情報に表示されない曖昧な“下一桁”を、巧みに操るいかさま師のなせる業。
これが作戦のシナリオだ。ところが、、、
「まっさん! そぎゃん難しいコト、うちらようせんわ。まず、あんたがやって見せて。」
作業船上でひっくり返ったままの海老を平然と出荷場に持ち帰った私を既に斜めの目線で見ていた春さんが、『この海老を39本・48本・57本サイズに別けてね。』と云う私の指示に対する代表意見を述べた。
初めての出荷作業なのでやっさん・ヨシさんも応援に駆けつけてくれている。
「なんと情け無い。あんたら生まれたときから海老と付き合っているんだろうに!」
冗談を飛ばしながらも指先だけは緊張し選別作業を始める。
籠の中には50gから15gの海老がごちゃ混ぜにひしめいている。
まずそれを大まかに大・中・小に別ける。
それを更に二つに別ければ6段階の選別ができる理論なのだが、ここから先が味噌になる。
我が心臓の鼓動を聞きながら、“中”を別け終わる。
「よし!ますみネェサン、これ1㌔計って数かぞえてみぃ。」
「よかよ~、ひー・ふ~・み~、、、」おどけた大きな声は、だが次第に小さくなり、最後は無言。
「うそー!48本あったよー!」
はったりがまかり通った瞬間である。
築地市場を単なる広告塔と位置付けている為、各サイズ最小梱包単位(1k×8)の出荷に留めるのが鉄則だ。
例え相場が低迷しても荷物を止めてはいけない。
その結果、活着率100%且つ入れ目も十二分に入った“丁度”の入り数で、体色・体硬バリバリの海老は、たちまち築地相場筆頭の最高値を得る。
その情報があっという間に全国に流れる。
その他の市場は常に築地の相場とのにらめっこ、市場間競争に負けると荷物が来なくなる。
そして、、、
「えらいすんません!今日は完全に負けました。明日は頑張りますサカイ明日も積んでや!」となる。
さらに、その状態を1ヶ月も継続させるとブランド品の称号が与えられる。
相場に関係なくその海老を買う仲買が現れてくるのだ。
暴落して平均相場が7,000円を下回った時でも我が海老だけが1万を越えたままで推移しだした時、竹山から電話が入った。
「凄い海老になりましたねぇ。贈答用に少し分けてもらいたかったのですが、お宅のこの相場じゃ手が出なくなりました。」
市場相場より高い値段でも、奴だけには、売る気は毛頭無かった。
2006/08/30 升
画像は全て久米養殖㈱インスタグラムから拝借しました。
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