« ニタリガイの酒蒸 | トップページ | 大地に捧ぐ(ポプラ並木の下で) »

2007/10/19

隠居丸

1.すすきのAttach

  23時を少しまわった時間、1年半ぶりにその店の戸を開けた。7脚しかないカウンター席に腰掛ける。二階の座敷には客は誰もいないようだった。生ビールを注文し、

「以前来た時にニシンのナメロウが旨かった。今日もある?」

「お客さん、今の時期はサンマ。秋刀魚のナメロウがお勧めですょ。」

 この店、“北の酒蔵”で勧められる物に旨くないものはない。早速注文した。

「今日はどちらから?」カウンターの向こうで包丁を使いながら大将が聞いてきた。

「横浜から。」

「横浜は何区ですか?」

「磯子区。」

「私はねぇ、江田にいた時があるんですよ。」

「青葉区ですね!」江田が何処にあるのか知らない私に代わり、隣に座る倅が返した。どうやら以前倅が勤務していたパン屋の店がある青葉台の近くらしい。

「江田で何をしてたんですか?」

「今と同じような仕事ですよ。」

 ナメロウがカウンターに置かれた。サンマの剥き身の上に卵黄が乗る。味噌で味付けされているので、卵黄を箸で潰し、かき混ぜていただく。ネギと生姜の香りがいい。

「旨いねぇ!他にお勧めがあったら見繕って。」ビールから焼酎に切り替えた。

「タチが出始めてますよ。」071013_232110_m

「なにそれ?」

「タラの白子を言うんです。ポン酢であえて“タチポン”です。」

「息子さんですか?」

「うん。女房の実家の法事でね、すすきので飲みたいってこいつが言うから。」

「じゃぁ、奥さんはこっちの方?」

「そう、学生時代に1年間札幌に住んでいた時期があってね。」

「大学はどちらで?」

「山の上の東海大。」

「そりゃ、近くだ。私は南の沢でね。」

「あの辺はずいぶんかわったねぇ。」

「そうでしょうねぇ、で、山の上で何の勉強ですか?」

「海の勉強。昔はあそこに海洋学部があってね、水産学科に籍を置いていました。」

「ほー、水産ですか。あたしゃ江田の前は船に乗ってましてね、カツオ船ですが。」

「どこのカツオ船?」

「三浦半島は長井の荒崎というところでした。」

「なにぃ!あらざきぃ!俺、今城ヶ島で仕事してるんだ。」

「あはは。近くですね。年寄りばかりが乗ってる船で船名もね、隠居丸っていうんですよ。」

「素敵な名前だね。何トンの船なの?」

「59トン」

「じゃぁ、10人乗り位かな、一航海は何日くらいだったの?」

「冷凍設備がないので長くて1週間、でも、大漁したらその日のうちに帰ります。」

「隠居丸で飯炊きしていたんだね。」

「乗組員の年寄りたちはあれで結構うるさくてねぇ。」

「そりゃー、当たり前。船に乗ったら楽しみは飯だけだもの。」

 P11 親父はうれしそうに昔話を始めた。丁度、私が盛秋丸(第31盛秋丸参照)に乗っていた頃と同時期だった。

もう、30年以上前のことだ。今時カツオ船乗船経験談に合いの手を入れて聞いてくれる客など稀なことに違いない。しかも、彼のかつての生活圏は私も認識する範囲だ。

「女房は銀座でOLをしてましてね、毎日、荒崎から通っていました。」

「三崎口から京急で銀座に通う漁師のカミサンってのは聞いたことがないねぇ。」

「漁が暇なときにマリーナでアルバイトしていましてね。その時知り合ったのが今の女房ですょ。子供が出来て船を降りて江田で仕事するようになりました。」

「飯炊きといってもねぇ、空いている時間は他の船員と同じ仕事をするんだ。バケツで餌のイワシを運んでね、ぼやぼやしてると上からカツオが降ってくる。」

「デッキが血だらけでよく滑るんだ。」

「ジンベイに衝突したこともありました。」

ジンベイザメ、魚類の中で最も大きくなるサメで、その影の下にカツオがよく集まっている。

「おまえ、話がぜんぜん見えないだろう?」

 漁船のことなどまったく縁のない倅にいちいち説明を加えなければいけない。071019_1518032

漁師話に花が咲き、あっという間に閉店の時間。「また来てもいい?」「どうぞどうぞ」の声に送られて、倅が会計を済ませ、私たちは“北の酒蔵”(“ブララ”参照)を後にした。

2.長井

東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学博士過程でカツオの耳石の調査結果から、2006年「西部太平洋におけるカツオ当歳魚の成長と回遊生態に関する研究」を発表し、博士号を取得した若者がいる。

彼は横須賀の高校を卒業したあと、北里大学水産学部水産増殖学科で水産学士を取得、東海大学大学院海洋学研究科水産学専攻にて水産学修士を得た(2002年「北太平洋西部海域におけるカツオKatsuwonus pelamisの日齢査定と成長に関する研究」)後に、東京大学大学院に移籍している。

20002002年に発表した彼の論文の共著欄の末尾に田中彰氏のお名前が散見されるのだが、東海大時代、彼の指導に当たったのは、東海大学海洋学部水産学科主任教授である田中彰氏(海鳴会10期生:“マウスの眼”参照)であったことは余り知られていない。

彼は、博士になった途端に三浦半島は横須賀市長井の実家“長井水産”に入社して、現在鮮魚部課長の職に就いていて、1次産業に飛び込んだ博士として、今、騒がれている。Kayama0706

日焼けした彼(嘉山定晃氏)の後ろに写っているのは長井港所属のカツオ船隠居丸(59t)のブリッジ。

隠居丸は現役だった。この船にはカツオのナメロウが似合っている。

2007/10/19

参考文献(画像を二つ拝借致しました。)

嘉山定晃ページ(カツオのページ)

http://otolith.ori.u-tokyo.ac.jp/member/kayama/

BTJジャーナル20075月号

http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/bookstand.jsp?jreq=btjnews&id=20044757&pg_nm=1&sai1=0&new1=0&news1=0Image004

|

« ニタリガイの酒蒸 | トップページ | 大地に捧ぐ(ポプラ並木の下で) »

うみ業のウンチク」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。隠居丸と聞いて思わずコメントしてしまいました。
現在、隠居丸で1等機関士をしています。ことらのように紹介されていると、自分の事のように嬉しいです。
これからもブログ、楽しみにしております。それでは。

投稿: 敬 | 2008/05/29 16:01

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50034/16808227

この記事へのトラックバック一覧です: 隠居丸:

« ニタリガイの酒蒸 | トップページ | 大地に捧ぐ(ポプラ並木の下で) »