化け物病棟
大腿骨骨折の治療で私が入院した横浜市のMK病院には「スポーツ整形外科」なる診療科が開かれている。
市内のプロアマを問わずスポーツ集団からチームの主治医療機関として得意な繋がりがある。ラグビーで名をあげたKG大のベンチサイドに、私の大腿骨にチタンのボルトを打ち込んだお医者が控えている姿を、退院後幾たびかTV画面で発見している。
ベイスターズからメジャーリーグで活躍した「大魔神」の肘の管理もここで執られていた。
私を初診したMK病院お医者は
「ラグビー選手の入院はあなたで今日二人目ですょ」
とのたもうた。
その日、大学選手権試合準決勝戦KG大対W大で顎骨を骨折したKG大スタンドオフU選手が緊急入院していた。
これから述べる全ての情報は、オペを待つ間の10日間ベッドに縛りつけられて激痛にただ耐えるだけの私が、カーテン越しに聞こえた会話から得られたものである。
6人部屋、カーテンだけで仕切られているベッドの、お隣さんはN大野球部の外野手だという。
どうやら、レギュラーではないらしい。
とうとう一度も拝顔叶わなかったN大生は、Y高の外野手として甲子園に行き優勝したらしい。
必然、引き手あまたの境遇でN大に進んだという。
N大野球部で彼は愕然としたらしい。無名高出身のライバル達に俺は遥かに劣ると。
誰にも打たれない投手が居る野球チームに秀でた野手は産まれない道理だ。
そうして必死で励んだ挙句、レーザービームの連投中に、ブチッと右肘の腱が音を立てたと言う。
県予選はおろか甲子園ですら
「外野には、だって、球なんか飛んで来なかったっす!」
と、彼は少し項垂れた様である。
「ピッチャーが良かったんだね、余程そのチームは」
誰かが口を挟んだ。
「あ、あー、大輔は化け物だった!」
術後、リハビリセンターに向う途中、顔下半分をギブスに覆われた、U君とエレベーターで遭遇した。
「M大戦に間に合うのか?」
私の問に、
「行きます!」
寡黙な言葉が還ってきた。
U君は言葉通りM大戦で司令塔役を完遂し優勝した。
小兵の彼は普段は接触プレイを回避するタイプだったが、この日、ヘッドギヤーと顎ギブスのU君は果敢に膝下タックルに跳んでいた。
化け物だった。
あの、山口良治氏が率いる伏見高の出身だ。
先日、50年振りに来日した「オックスブリッジ」戦に、オールKT大で挑んだチームの後半戦の司令塔(スタンドオフ)がU君の現在だ。
N大生のかつての同輩である松坂大輔君は、打たれながらも、今回もWBCでMBPを勝ち取った。名野手陣に支えられての快挙と思うが、その強腱強運振りは、まさに化け物。
退院して10年、化け物ではない私はひたすら人を化かしながら生きている。
かのN大生はどうしているかしらん?
2009/03/25 升
以下2023/12/09加筆
注)オックスブリッジ戦:2009年3月に行われた、イギリスのオックスフォード大学とケンブリッジ大学混合チームとの日英大学ラグビーフットボール交流試合大会。
会場は横浜開港150年祭実行中の横浜市三ツ沢競技場。
創立150周年の全慶応大学チームと 創立125周年の全関東学院大学チームとの2試合が行われ、一勝一敗の結果となった。
画像①:神奈川県ラグビーフットボール協会HPより拝借。
画像②:31歳になったU君の寡黙な画像は、所属である神戸製鋼のブログから拝借致しました。
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