芥子菜のお漬物
「エスアイオーツーってなに?」後部座席でずうーっと俯いていた娘が声を発した。
「えちゅあい、あちゅあい、なーに?」その隣で孫の蒼がここぞとばかりに輪をかけて騒ぎ出す。チャイルドシートに縛られている事が気に入らないのだ。
質問はフロントシートに座る蒼の祖父母に来ていた。
妻女が「うーん」と唸る中、「二酸化珪素!」とハンドルを握りながら私は、即座に答えてしまった。
かっこよかった!
娘は4歳の蒼を抱えながら、現在、「派遣」の立場なのだが、勤務先の同職公務員よりスキルに於いて遥かに上回っていると気付き、晴れて公務員になるべく、「公務員試験塾?」に勤務後の夜間および日祭日を巧みに使い、通っている。
エスアイオーツーは「公務員試験例題集」に掲載された例題のひとこまだった。
ご苦労な事だが、かと言ってただ誉めるわけにはいかない。母親が塾にいる間の蒼の世話は祖母の両椀に委ねられるからだ。
諸般の事情で娘の日課は、山奥に在する塒から群馬ナンバーの車に孫を乗せ、我が家の1台しか収容能力のない車庫に車を乗り捨て、保育園経由で職場へと向う。母が「夜学」の日には祖母が保育園に孫を向いにいき、孫は酔っ払いの祖父を上手にあしらいながら祖母の作った飯を食い、あいうえおの文字版が貼り付けられた風呂に祖母と入り、かなを一つずつ覚えながら寝入った頃、母親に抱き抱えられてパジャマのまま帰宅する。
これ即ち我が屋敷に侵入する野良等と同じく、初老期にして始めて訪れた平穏なる妻女との二人きりの生活を脅かす不埒な存在と云える。もっとも、妻女と二人きりの生活など、御免被りたいのだが。
さて、娘の休日を見計らい先日三崎から車で帰宅したところ、なんと、群馬ナンバーが吾が車庫を占領していた。仕方がないので、20m程先にある私道の行き止まりに車を置いた。その昔防空壕が掘られていた崖下である。幼少の頃、崖の中腹に近所の悪がき達と拵えた「秘密基地」への登り口であったのだが、訪れなくなって久しい。
フロントバンパーの先に、誰刈る事もない蒼い雑草があった。
大好きだった、お向かいのお婆・はす向いのお爺、が天寿を全うした今、「それ」が美味なるお新香の素材であることを分別できる人が、四丁目でとうとう私一人になってしまったことが、とても悲しい。
めったにない娘からの恩恵と受け止めた。
葉・花・茎までも、ツーンと美味しくいただける。
2009/03/30 升
カラシナ(辛子菜、芥子菜、学名:Brassica juncea)はアブラナ科アブラナ属の越年草。 野菜(からし菜)として栽培されるほか、種子はからし(和がらし)の原料となる。
来年も楽しめるはずだ。
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