新井城のクボガイ
今まで気にも止めていなかったのだが、「道寸祭り」と云うイベントのパンフレットが京急三崎口駅のコーナーに5月になると並ぶ。
聞けば三十余年前から5月最後の日曜日に毎年開催されているという。
今年、初めてそのパンフを手に取った。
『三浦一族終焉の地 新井城跡一般公開』が目にとまった。
出かけた。
国道134号線は三浦半島南端部で、相模湾と東京湾とにそれぞれ寄り添うように、くの字に曲がる。
その「くの字」の折れ曲がった頂点から油壺・三崎港方面に三崎街道は南下する。
その三叉路に「引き橋」と呼ばれる橋が掛かっていて地域名にもなっている。
鎌倉・逗子方面から油壺・三崎方面に向かうには、遥か東京湾沿いの道を迂回してこない限り、この橋を渡る他に道はない。
橋の下は今売り出し中の「小網代の森」の入り口である。
この引き橋を「外の引橋」と呼び、「内の引橋」と呼ばれる橋は、新井城跡地直前に位置している。
何れも橋下の部分は現在埋められているのだが、険しい谷や掘割はそのまま残り、当時を偲ばせている。
新井城二の丸跡には「京急油壷マリンパーク」が建ち、本丸跡には東京大学臨海実験所の素敵な管理棟が座っている。
今回、東大臨海実験所正門から管理棟までの100m程の小道の中間を横切る空堀・土塁を東大の特別なるご厚意により、ヤブ蚊がブンブン飛ぶ中、見学させてもらった。
織田信長が誕生するおよそ20年前、三浦氏当主三浦義同(道寸)は北条早雲との戦いの中、新井城に3年の間ろう城した挙句、一族郎党と共に自刃し三浦一族は滅亡した。
北条早雲とは豊臣秀吉の小田原征伐で滅ぼされた北条家の家祖で、司馬遼太郎氏の『箱根の坂』という著書に好意的に描かれている。
齢50を超えてから駿河を始めとし、よんどろこのない理由で伊豆半島を掌握。
さらに「箱根の坂」を越えて小田原に拠点を置き、相模東部を治めていた三浦一族を新井城に押し込めこれを殲滅、とうとう三浦半島を含む相模一帯を入手するに至るお話だ。
主人公が80年を越える人生を全うした後、人は彼を北条早雲と呼ぶようになったという。
本丸跡の調査では多数の人骨と何故か真っ白な砂地が発掘され、その為に東大の建物の建設位置をずらした経緯があるという。
案内の地元のガイドさんは必然ながら滅ぼされた道寸側を美化した内容の説明。
滅ぼした側の北条早雲を好人物として描いた司馬氏の作品と相反する歴史解釈が面白い。
ガイドさん曰く、
『道寸の嫡男荒次郎の弟時綱が安房正木郷に逃れ正木氏を名乗り、その曾孫が徳川家康の側室お万の方だと云う説が最近の研究で証明された。お万の方は頼宣・頼房を産み、それぞれ紀伊德川家・水戸徳川家の祖となり、8代将軍吉宗以降幕末の15代慶喜に至るまで、三浦氏の流れをくむ将軍が就任したことになる。』
と自慢していた。
だから德川幕府は滅んだのだろうなどとはさすがに言えず、新井城の見学を終え、道寸供養塔に焼香し胴網海岸に降り立つ。
折しも大潮の干潮時。
相模湾に面した岩場の窪みに巻貝がビッシリ。
イッコの殻にシッタカの蓋を持つクボガイだ。
笠懸会場ではすでに供養祭がしめやかに始まっていて三浦市長等が黒服で神職にならい、甲冑をまとった超お年寄りの集団や、御殿場の牧場から来た5頭の馬がそれぞれの出番をまっていた。
猫の額ほどの会場には後から後から続々と人が集まってくる。メインイベントの笠懸が目当てなのだろう。
『箱根の坂』での司馬氏の表現を拝借すると
「岬の上にある城は、西は相模湾、南は油壷湾、北は小網代湾にかこまれ、攻めるには背後のせまい陸地から寄せねばならない。
それに対し、天然の堀である谷が邪魔をしている。
谷には平素橋がかかっているが、戦時にはそれを引く。
引橋とよばれていた。
たとえそれを突破しても、堀切とよばれる空堀が、第二の防禦線を構成している。
堀切の内側には土塁があって、近づく敵を矢で射すくめる。
この防禦線だけで、うまくやれば5日はふせぎ得るにちがいない。」
攻め憎い城は脱出もしにくい。
この難攻不落の城跡から、バス数十台分の乗客とマイカー百数十台をそれぞれの、居城に返すのにいったいどれだけの時間がかかるのだろう。
外の引橋までの道は1本しかないのだ。
笠懸会場の荒井浜にいたるまでの間にクボガイを1㎏ほど海から頂き、メインイベントを見ることなく、早々に帰路についた。
2015/06/14 升
訂正)文中「イッコの殻にシッタカの蓋を持つクボガイ」と記載しましたが、「静岡の沼津辺りではイッコと呼ぶクボガイだ」が正しく、お詫びして訂正いたします。イイッコとも云うらしい。
2022/12/09 升
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