密航船水安丸乗船者を追って ④
水安丸のこと
2.
余談になるが、小説「密航船水安丸」に頻繁に登場する英語表記の鮭鱒類および当時の漁場環境・漁法について、若干の解説を加えておく。
まず、小説に登場する順に鮭を紹介しよう。
コッホー・サーモン:和名は銀鮭。
日本近海での漁獲はなく、もっぱら養殖魚が出回っている。
アラスカではシルバーサーモンと呼ばれ、最大10kgに満たない。
小魚を捕食する為鋭い歯を持ち歯茎は白い。
スプリング・サーモン:和名はマスノスケ。
北海道沿岸で漁獲されるも少ない。
アラスカではキングサーモンと呼ばれ、鮭類最大種で50㎏程になることもあるらしい。
鋭い歯を持つが歯茎が黒く、背びれと尾びれの黒い斑点が特徴。
ドッグ・サーモン:和名はシロサケ。
日本で最もポピュラーな鮭。
新巻きの原料。最大10kgに満たない。
プランクトンを捕食する為、産卵遡上期以外歯はない。
スティールヘッド・サーモン:和名はニジマス。
日本の渓流域で盛んに養殖されているニジマスの降海型で産卵期には遡上する。
日本近海への回遊はない。全長1.2m25kgほどになる。
頭の上が黒いことからスティールヘッドと呼ばれる。
あのヘミングウェイを驚嘆させたほど引きが強いらしい。
当時の漁場環境・漁法は立命館大学の河原典史教授の論文、
「カナダ・フレーザー川における日本人漁業者の漁場利用 ——日記と視察報告書から—— 2013年3月」
の中に、1909年(明治42)の夏実際にフレーザー川で鮭漁に携わった山本宣治氏の日記(山宣日記)が紹介されている。
氏は生物学者であり後に政治家になった方らしく的確な表現をされているのでその一部を引用させてもらおう。
『フレザー河は太平洋沿岸ではコロンビア河に次ぐ大河で、源はロッキー及びセルカーク山脈の氷河に発し流れ流れて五百哩遂に大陸と晩香坡島に挟まれたジョルジャ湾に注ぐ。
水清洌底を見る程といひたいが左様はいかぬ。氷河の末流れてくるのだから恰もミルクの様な色で随分冷つこい。
水量も多いから此村から十哩位出ても白濁りに海がなつている。』
『フレザーの河口はほぼ三つに分れ、真中のが最広くて此捨伏頓(ステブストン)の所で凡そ一哩もあらう、此所から下は茫々たる海だ。
干潮には六哩余の沖まで州が現はれて其端に灯台がある。
其から州の間々の水路は浮標で示してあつて此捨伏頓から尚十数哩の川上まで四、五千噸の船が登つて来られる。
其真中の大きな川の両側上下二哩ばかりは数十の罐詰製造所(キャナリ―)がたて列んで、その間々に憐寸箱の様な漁師の家や船をもやふ桟橋や杭で塞つてる。』
『船に乗る二人の一人はネットマンといふ舵を掌り、水縄を持つ、網を投込み上げて魚を外づす役で、先づ船長。
一人はプルマン或はパートナーで帆の上げ下ろし、網を下ろすときはオールを漕ぐ、 暇には飯を焚く役なのです。
二人同じ権利の組合もあれば、大概はネットマンが網を所有し其他船具まで備へ、プルマンは只労力のみを備へて漁獲高は七分三分乃至七分五厘対ニ分五厘の配当といふのが例で、大概はさういふ風で、自分のもパートナーとしてで手元は一文も入れず、割合は少なくても実入りがよいといふのです。』
7月の漁期初旬では、午前中に漁業者は雑用に終始し、およそ正午に出漁する。
それに対し八月の最盛期になると、彼らは未明の午前3時に起床し、5時に出漁する。
北緯50度付近に位置するスティーブストンでは、夏季にはこの頃に夜明けを迎えるため、彼らはそれと同時に出漁するのである。
さらに、日記には夕食の記述しかないが、食料品なども漁船に積み込むことから、朝食と昼食も船上で取るのであろう。
高緯度にあるスティーブストンでは、午後9時ころに日没を迎える。
そのころ彼らは仮眠をとり、さらに深夜まで漁撈は続けられる。
そして、帰港後に漁網の洗浄、修理や乾燥を行なった後、漁業者は床に就く。
つまり、カナダ西岸のサケ刺網漁業では、技能よりも体力に依るところが大きかったのである。
まだ体力のない10 代前半の子供では「小遣」稼ぎに はなっても、最盛期に一人前の仕事をこなすことは困難であったに違いない。
と河原教授はまとめている。
なお、刺し網漁とは魚道を遮断することで網目に魚が頭から刺さって動けなくさせる漁法で、及川甚三郎本人の手記を引用すると「長さ一艘船分としては、壱百五十間(約270m)で、深さ三十尺(約9m)より四十尺(約12m)を供す」
引用文献
The Salmon Fiahing in Canad
http://www.agfish.ca/salmon-species.html
神奈川大学 国際常民文化研究叢書1 2013年3月
カナダ・フレーザー川における日本人漁業者の漁場利用 ——日記と視察報告書から—— 河原 典史
及川甚三郎手記
カナダへ渡った東北の村:移民百年と国際交流
小野寺寛一 耕風社 1996.3
全ての画像はNikkei TVより拝借しました。
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