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2024/02/04

「秋刀魚の味」サンマは何処に?

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図1 松坂城跡入り口

「野面積み」、「打ち込み接(はぎ)」、隅石の「算木積み」などいろいろな石積みが集約された展示場の様な、切り立った石垣のある松阪城跡。


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図2 本丸下段の石垣、落ちたらお仕舞、命がけで撮影

高所恐怖症の私など下を見下ろせば目眩がする、そのほとんどの石垣の上辺に柵が設置されておらず、転落事故が起きていないことが不思議だ。

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図3 歴史資料館玄関

その一角に松坂市立歴史民俗資料館がある。

明治末期に図書館として建てられたもので、建物自体も国の有形文化財になっている。
建物の一階はその名の通り地域に纏わる歴史を語る古いものが展示され2階部分は、松坂商人の子として生まれ父親の故郷であるこの地で青春の10年間を暮らした、昭和の映画界の巨匠小津安二郎の記念館とされている。


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図4 資料館パンフレット

昨年(2023)の12月から今年(2024)の2月末まで、小津安二郎生誕120年を記念し「望郷の松坂」と称して、特別展が催されている。

普段は別の常設展示品が置かれている一階分部の半分ほどのスペースにも所狭しと、安二郎と松坂の繋がりのあるプライベートなハガキや写真、ノートなどが、展示されているが残念ながら撮影禁止。
2階は彼の関わった映画の資料が並べられている。
こちらも撮影禁止だったが唯一民家の間取り模型だけは撮影が許されていた。
それは、安二郎の遺作となった「秋刀魚の味」(昭和37年 松竹)の主人公平山親子が暮らす家の模型で、資料館の学芸員が映画の画面を見ながら手作りで再現したものという。


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図5 平山家の模型(白抜き文字は筆者による後付け)

以下、再現度を検証してみる。

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図6 廊下①から玄関を見る

先ずは玄関、父親の周平が帰宅し、長女の路子が迎えるシーン。

庭と居間①の間の廊下①からの撮影、位置関係ばっちり。
小津監督は路子の衣装のブラウス一枚までこだわったと云われるが、背中に透ける下着が悩ましい。
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図7 廊下②からの玄関の敷台

図6に続くシーン、「またお酒臭い」と娘に怒られている。

電話を置いた廊下からの撮影、右側の障子は居間①のもの。
玄関との仕切り壁前に何気に置かれた籐椅子までもが忠実に模型に配置されている。

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図8 居間①

周平が着替えているところが居間②、その奥の路子と次男の和夫がいるのが居間①。
「遅くなるのならそう言わないともうご飯作らないわよ!」路子が怒っている。

食卓として使われているようで、鴨居の上の仏像の額が印象的。


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図9 居間②

周平に、路子が呼ばれたところが居間②。

「三浦には婚約者がいたんだ」と三浦の先輩でもある長男の幸一から告げられた路子。
密かに三浦に恋心を抱いていた路子は無言で席を立ち、二階の自室に向かう。
居間①とは襖で区切られ夜は周平と和夫の寝所になっている。


10_20240203111801図10 洗面所

「お~い!路子。シャボン、シャボンがないよ!」
周平が死後を怒鳴っている洗面所、玄関の反対側で廊下①の突き当りの位置だが、模型では少し右手にづれている。


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図11 台所

路子の結婚式の後、寂しく周平が一人台所でお茶を入れるシーン。
この台所も模型では省かれているが、玄関からの撮影、廊下②の電話器が見える。
サッポロビールのロゴの入った箱が棚の上に置かれている。
スポンサーだったのか、座敷のビールや野球場の看板など頻繁にサッポロビールが出てくる。


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図12 二階の路子の部屋

昨年末NHKの「最後の講義」という番組に、路子役を演じた岩下志摩が ゲスト出演した。
番組中、俳優を目指している若者たち相手に自分の女優人生を語る中で、この画像のシーンの撮影時の思い出を次の様に語っていた。

「自分が恋していた男が既に他の女性と婚約していることを父親と兄に告げられた後のシーンで、無言で机に向かい布の巻尺を指先に巻き付ける場面。
たった十数秒のカットに小津監督は何度も何度もやり直させて、80回はやったと思います。もう何が何だか分からなくなってしまいました。OKが出た後の食事会の席で監督が、『人間はね、悲しい時に悲しい顔をする人ばかりではないんだよ』と仰られたことを今でも覚えています。」

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図13 撮影OKだったポスター「東京物語」

私が写真を撮っているのに気が付いた青年が模型を作った苦労話を話しかけてきた。
この岩下志摩談の話をすると、有名な逸話だったらしく彼も承知していて、話が弾んだ。
来週には「浮草」ロケ地志摩市で上映会を企画しているとの事だった。

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図14 撮影OKだった「浮草」上映会のポスター

小津安二郎監督の作品は、TVで放映されたものは全部視聴している。
旅の一座を扱った作品「浮草」は異色の志摩でのロケだったと聞くが、「晩春」や「麦秋」の主人公の住居の設定が鎌倉で、北鎌倉駅や東京へ通勤に利用する横須賀線などが映し出されていて当時が偲ばれる。
この「秋刀魚の味」には幸一の住む団地の近隣駅として、東京大田区東急池上線の石川台の高架駅が路子の着物姿と一緒に、登場している。
どの作品も、70年前の首都圏戦後復興期の価値観・風俗・暮らし方を如実に反映していて、見ていて実に興味深い。
動画の昭和館とでも云おうか。

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図15 ウイキペディアから拝借

映画「秋刀魚の味」はかれこれ三回ほど見たけれど、サンマの刺身はおろか塩焼きすらお目にかかったことがない。
TV放映のものでは、当時のポスターの絵の様な寿司屋らしきカウンター での、笠智衆と着物姿の岩下志摩のツーショットシーンは流れない。
このカウンターで、サッポロビールで「サンマ」をつつきながら、父と娘の絆を深めあうシーンがあった筈と勘ぐっている。
ノーカットのオリジナルを見たいものである。

私が「秋刀魚の味」にこだわっているのは、内緒なのだが、昔お付き合いしていたお嬢さんが「路子」に瓜二つだったからに他ならない。
2024/02/03 升

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