黒曜石の島
原子炉の隣の50年余り使って来たと言う研究室を去ることが決まり、正男先生は貴重なものをあちらこちらの大学の研究所や博物館に寄付・委託した後、不用品の処分に困惑している所に、丁度私が通りかかった。
見ると、黒い石が大小のチャック付きビニール袋に収められ、一つ々々年代や地名と思われるものがかき込まれている。
「これ、何処か穴でも掘って捨ててくれませんか?」という。
「それは構いませんが、いったい何ですかこれ」
「これはね、黒曜石っていうんだよ。若い時世界中のこれを集めたことがあってね、いま整理したらいらないものばかり残っていました。」
「そりゃあ先生、矢じりが作れるじゃないですか。」
「あーよく知ってるね、だったらみんなあげるよ、イノシシでも獲るがいい。」
バカ話が弾んで先生の講義がはじまった。
「ここの原子炉から出る放射線を使うと石の個性が浮かび上がる事を利用して、関東圏に散在している旧石器時代の遺跡から出土する矢じりや包丁などに加工された黒曜石を分析すると、その出どころはすべて伊豆の神津島である事がわかった。」
大室山山頂より
流石に東大出の文化人類学の大権威の先生、いう事はさりげないが、放射線の話など全くわからない。
大室山山頂より
「ついでにね、そのころから日本では既に船による物品流通をしてたという事の証明にもなったんだ。」
「だって、2万年も前に人間は海のかなたのそんな島どうやって見つけて、どうやって行ったんでしょうか?」
「人間はね、見えればそこにどんなことをしてでも、行きたくなる生き物なんですよ。」
熱川ハイツより
「でもね先生、三浦の先の城ヶ島に登ったって大島しか見えやしないですよ。」
「あはは、そうですか。是非伊豆に行って見たらいいですよ。」
無知な私を諫めることもなく穏やかに正夫先生は笑っていました。
行って見るとなるほど、大島の南側に、利島、新島、式根島、神津島の順で浮かび、利島と新島の間に三宅島が折り重なって霞んでいました。
原子炉で中性子を照射させて対象物の年代を測定するFT法という放射年代測定法で、関東各地の遺跡から出土される黒曜石の原石が伊豆七島の一つ神津島から2万年ほど前に掘り出されたものである事を、現立大名誉教授文化人類学の鈴木正男先生がつきとめ発表したのは1973年のこと。
研究所に住み込んで原子炉の上にいつも張り付いていたという。
そんな経緯から、名誉教授になられてから正夫先生は立大原子力研究所の所長職を、いやいやながら引き受けたとおっしゃっていました。
2019年立大原研正面玄関前にて
文系の大学として知られている立教大学に現在でも原子炉を保有していることは余り知られていない。
というより、あまり知られたくないのかも知れない。
といっても現役の炉ではなくすでに廃炉にされたものであるが、現在でもその炉と建屋はまるで記念碑の様にそのまま残されている。
敷地5haの米軍跡地に、米聖公会からの寄贈により1957年に造られた小さなもので、1961年に出力100kWの臨海に始めて達した。
2001年に運転停止され、2003年には使用済み燃料を国外に搬出、2016年には原子炉と建屋以外の施設の撤去を終えている。
後は、原子炉と建屋を解体し、核廃棄物として処理するだけなのだが、国がその埋設場所を示さないため、その先の作業が進まないでいるのが現状。
維持管理経費はすべて立大負担、専門知識を持った職員を置き、最小限の人員で24時間管理し、今でも月一回の原子力規制委員会職員による視察を受けている。
敷地全面関係者以外立ち入り禁止、山に囲まれた5haの敷地のほとんどは芝に覆われた原っぱで、ウグイスがさえずり、もうじき桜の並木が桃色に染まります。
小和田湾に面した海岸ももちろん立ち入り禁止、桜が終わるとワカメがたくさん流れ着きます。
神津島から流されて来たのかも知れません。
2025/3/6 升
鈴木正男:立教大学名誉教授理学博士(東京大学)1942年静岡県産まれ。
専門は人類年代学でとくに原子炉を用いた文化遺産の年代測定や産地分析に詳しい。
KJ00004870390.pdf
引用文献:神津島商工会HP(http://www.kozu-shokokai.or.jp/cn3/pg75713.html)
旧石器時代の神津島黒曜石と海上渡航(特集 黒曜石の流通)
月刊考古学ジャーナル / 考古学ジャーナル編集委員会 編 (525), 12-14, 2005-01 東京 : ニュー・サイエンス社
中央区民カレッジ連携講座③-8【立教セカンドステージ大学】【中央区発祥大学シリーズ】中央区民カレッジ連携講座 ③-8 【立教セカンドステージ大学】
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