11/27/2005

鮟鱇

 20キロを超えるアンコウを作業台の上に載せ、その男の説明が始まった。
①まず、よく水洗いをする。
②胸鰭を切り落とす。
③仰向きに寝かせ、肛門から刃先を上にした包丁を入れ、顎に向けて腹を裂く。
④肝臓を丁寧に切り落とし、同時に他の内臓も取り出す。
⑤口唇の周りの皮に薄く包丁を入れ、身を起こし、口を包丁の刃先で押さえながら左手で皮を一気に剥く。 更に、 口唇および尾を切り落とす。
⑥再び仰向きにして、腹を完全に開き食道入り口にある奥歯を除去。 ついで、カマの部分を切り落とす。
⑦頭部と胴部を切り離し、 身を3枚におろす。
 作業台の上には切り離された各パーツが整然と並んだ。 更に講釈は続く。
 使用パーツ=身・骨(背骨・頭部・カマ)・肝・皮(生殖巣含む)。 廃棄=その他の内蔵(胃も含む)および歯。
 ~ 身・骨・肝・皮をそれぞれ水洗し、製品3キロ/ケースの中に等分になるよう切り分け計量し、梱包する。 これが貴方達の明日からの仕事です。 170ある店舗から1ケースづつ注文が来ると仮定して、3㌔×170店舗÷0.85(歩留)=600㌔が1日の原料処理量となります。 なに、20キロの魚ならばたったの30本です。 あっという間に終わりますよ~。
 男は例のマグロの師匠であり、私たちは快くこの新しい仕事を引き受けた。 マグロよりはるかに簡単だ。
 本番の翌日、師匠は多忙を理由に来ない。 スチロール入りの原料600㌔だけが搬入されている。 簡単な作業だからそれも良しとして発泡を開けた瞬間、一同の声が詰まった。 真白いスチロール箱の中に収まっていた確かなるアンコウの姿はワラジそのもの。 1キロにも満たない。 
 “騙された”の声すら出せないまま、600㌔÷0.9㌔=667尾のワラジアンコウを捌ききった時には、いつものように夜が明けかかっていた。
 作業時間=包丁を入れる回数、魚の大小に関係なく包丁を入れる回数が同じな事を、この時教わった。
 “アンコウの七つ道具”という和食通にだけ分かる文節がある。 一般的には、肝・とも・ぬの・柳肉・水袋・えら・皮を指すらしいが、私たちが行なった作業=現代消費者の要求から見ると四つ道具で充分なのかも知れない。 廃棄処分になる水袋(胃)にはアニサキス(加熱調理すれば悪さはしない)がドクロを巻き、口唇部分は歯が危険である。 私たちは常に安全な食品を収めなければいけないのである。 今の世に “アンコウの七つ道具”がご希望のお方は、例えワラジアンコウといえ、一匹丸ごと購入しないとその望みが叶わない。 

 美食家の私は廃棄処分扱いの胃袋と口唇を吾が食卓に持ち込んだ。 土鍋底に利尻昆布を敷き加熱する、沸騰直前に昆布を引き揚げアニサキス蠢く水袋の短冊をヒラヒラと入れる、次いでコラーゲンたっぷりの口唇をたっぷりと入れる。 これこそ究極のピンポイント鮟鱇鍋になってしかるべき。 ちゃぶ台の上でチンチンしている鍋の蓋を開けた女房殿が、その重たい蓋を悲鳴と共に落とした。
 ankou
コラーゲンが熱で凝縮しプリプリのゼラチンに変化した数十の唇が、顎の骨を開かせ、ノコギリのような歯が立ち並ぶ歯茎を露にし、皆にっと笑っている。 “笑うセールスマン”スマイルだ。 鍋中、何処を向いても、にっ!にっ!にっ! 掬い上げると歯に糸コンニャクが必ずからみつき、風景がいっそうホラー化する。
 マグロの茹目玉、鶏爪の唐揚、と共に“アンコウのクチビル鍋”も、我が家では3大怪奇料理としてネコすら冷たい眼差しを私に送り、またいで行く。
02/14/2005 升

「鮟鱇が粕に因ったよう」
 醜い顔が赤くなつているのをあざけった言葉。
「鮟鱇の餌待ち」
 アンコウのように大きな口をポカンと開けている愚鈍な人。
「鮟鱇の待ち食い」
 何も貢献せずにご馳走だけありつく、怠け者の代名詞。
「鮟鱇武士」
 口では大きなことを言うが、内心は卑怯な武士をののしって言う。

私だ。

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タルイカ

 みがいたロールを解凍し、定規に合わせ柳刃で切る。 切り取った柵を一つずつ袋に入れ、真空包装。 IQF後発泡スチロール箱に定貫で梱包する。 私はいつも魚の血液や内臓あるいは鱗だらけの姿で工場内をうろついているので、生食用として供するこの商品の作業現場には、初日の作業指導に出向いた以来、滅菌用アルコールを頭から吹きかけた、お顔を除く清潔このうえないパートの女性陣に総てお任せしている。 たまに「これ大丈夫?」との問いと共に、身質や色の異なった柵を持ち込んでくる。 私の品質チェック法を彼等は充分把握しているので、柵と一緒にワサビ醤油付きの当該ロールから取った刺身を忘れない。 視覚で○×に分けた後、必ず試食する。 私の「うまい!」を聞けないタルイカは、かわいそうだが廃棄処分となる。 
 私は水揚げ直後のタルイカの味を知る、首都圏では希有なる人間なのだ。
 このイカの特徴はとにかく大きいこと。 私の工場で扱う原料ロールは小さなもので6キロ,大きなもので10キロを超える。 歩留まりを高めに考慮してもその成体は軽く20キロを超えていたはずだ。 肉厚は3~5センチもあるのでその柵は蒲鉾と見間違える可能性がある。 スーパーマーケットの店頭にも並んでいる、ソデイカあるいはマツイカと表示されていることが多いが、あれはタルイカである。

標準和名:ソデイカ
俗名;セーイカ、オオトビイカ、マツイカ、心中イカ
英名:フライング・スキッド、ダイヤモンド・スキッド
体形的特徴:外套長は80センチに達し体重は20キロを超える。 鰭がひし形に体全長に大きく広がりロケット型である。 腕の大吸盤の角質環には20~26の鋭い歯があり、触椀のそれには15~20個の細い歯がある。 軟甲のかたちも独特である。 
生態的特徴:日中は水深約300~500mの間を、夜間には水深約0~150mの間を遊泳し、この範囲内で鉛直移動が繰り返し行われていた。日没前には急激に遊泳水深が上昇し、日出時には遊泳水深が急激に深くなっていった。交接が終了し、雄の精嚢をすでにもっている雌の成体が産卵期近くの春先に南下回遊を行ったことから、ソデイカの産卵場所は八重山諸島のはるか南方海域であることが示唆された。南下回遊時の遊泳速度はほぼ一定で、毎時約2㎞であった。一方、秋季には明確な南下回遊は認められず、ジグザグな水平移動であり、索餌を目的とした移動であることが推定された。<沖縄水試石垣支所沖合資源研究室報>
 平均寿命はおよそ1年とされ、産卵期は1~7月の長期に渡り、3~5月が中心となる。 本種の卵塊は長さ約1メートル、直径15~20センチのソーセージ型をしており、小笠原では湾内で見つかることもある。 沖縄では7~10月を禁漁期と定め、小型イカを漁獲から保護している。

 以下はタルイカに命を掛けた熱き男達の感動のドラマである。

 1989年に久米島漁協組合長ご一行が日本海地方に旅をした。 組合費を捻出しての旅行だったので、いくつかの漁協に表敬訪問した痕跡を残さないとまずい。 ご一行は昨夜の不慣れな日本酒に沈没し、常識的には早朝に訪れるべき、近隣鳥取県内のとある漁港を夕方になって訪れた。 そこで久米島でも見たことのある巨大なイカの水揚げを目撃した。 しかもかなりの大漁だ。 ここではソデイカと呼ばれているようだが、あれはセーイカに間違いない。 沖縄ではこのイカは夜間水面付近で釣り上げる事が常識で、漁獲量も微々たるものだった。 久米島のウミンチュ達は鳥取の漁師に問うた。 「昼間に獲れるの?」 驚くべき回答が返ってきた。 「水深300メートルで釣れる。」
 帰島した彼等は早速試験操業を開始する。 水深300メートル。 釣れない。 水深400メートル。 釣れない。 釣果の得られない日々が続いた。 もう止めようという声があがり始める中、組合長は諦めなかった。 水深600メートル。 記念すべきその25キロを超える大物がかかったのは試験操業開始10日目のことだった。
 この日以来久米島の沿岸漁業は大きく変わった。 それまでのこの島の釣り漁業は浅海の手釣り及び引き縄に限られていた。 手釣りでは主に底魚のミーバイやアカマチ狙い。 引き縄の主役はもちろんマグロ。 この引き縄組みが一斉にマグロ狙いからセーイカ狙いに切り替えた。 引き縄漁―水産漁業用語でトローリングと云ったほうが解かりやすいかもしれない。 すなわち、釣り針を仕掛けた餌を舟を走らせながら、まるでその餌がマグロがごく自然に日常捕食している魚に化けさせ、食い付きを待つ漁法だ。 この漁法の苦楽を描いた文章が過去「ノーベル文学賞」を射止めているのでご参照いただきたい。 久米島の漁船はポンポンエンジン付きサバニだ。 ウミンチュは出航後先ず餌となるサバやカツオを釣る。 そして日長一日中東シナ海海上を引き回すのだ。 本マグロに当たればお祭り、カジキにヒットすれば幸運、シイラが揚がってもラッキー。 そのほとんどのサバニが重油を使い果たし坊主で帰港する。 更に、万に一度お祭りや幸運に恵まれたとしても「ノーベル文学賞」にあるように、サバニにより大きな魚はサバニに揚げられない。 鼻先をロープで括り、水温30℃を超える表層を延々と引きずって来なければいけない。 「ノーベル文学賞」にあるような事件が辛うじて避けられたとしても、鮮度で価格が決定される商品に値しない姿で戻ってくるのだ。
 一方、セーイカの漁法を述べよう。 必要資材は、ロープ・竹ざお・旗・擬餌針・テグス1,000メートルそれに発泡スチロール製の体積200立方メートル程の浮き。 彼等は東シナ海洋上で旗を取り付けた竹ざおを浮きに括り付け、竹ざお下部に時の潮流に合わせた長さの疑似餌付きテグスを取り付け、海に委ねる。 そして、サバニのエンジンを止め、漫画を読みながら竹ざおに結んだ旗が揚がるのをひたすら待つのだ。 当時の浜値は850円/キロ、寝ている間に20キロ×850円、簡単な二択の問題だった。
 発泡スチロール製の浮き=タル。 この怠慢且つ合理的な漁法から産まれた新たなるソデイカの俗名が「タルイカ」の命名起源だと、私は確信して疑わない。
 その後、この漁法は沖縄本島海域はもとより、宮古・八重山諸島に伝播し、平成5年には東京都小笠原諸島にまで波及している。sodeika

 NHKプロジェクトXに、当時の久米島のウミンチュ達がその日焼けした顔ではにかんでくれる日を、私は待ち望んでいる。
2005/02/02 升

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重箱

 平塚の工場で年に3日間だけの「お祭り」がある。 毎年、12月の26・27・28日の3日間、K食品からの委託で、おせち料理の重詰作業がそのお祭りである。 過去1回だけ入院中を理由に欠席したが、昨年末をもって6回目の作業を終えたばかりのところだ。
 普段、魚の鱗やはらわたが飛び散る加工場の一番大きな部屋を使い催される「お祭り」は、実はいたって単純な作業なのだ。 即ち、おせち料理の定番 蒲鉾や伊達巻・煮〆・田作り等 20余りの具材を、過不足なく2段の重箱の指定された位置に収め、梱包してK社に納品すると言うもので、熟練技術を必要としない。 積み木が出来る人であれば誰でも就業できる。
 厄介なことは、この商品 末端でおよそ二万円で取引されている事だ。 業務用として1ケース数万円の製品を日々扱う生産工場として、その単価は珍しいものではないが、この商品の購入者のほとんどは個人なのだ。 質素なる食生活をおくる私の常識の範囲では、異様に安い必須保存食(例えば米)以外、一括の買い物で食い物に2万円を投下する行為は、“清水の舞台から飛ぶ”ことに匹敵する。 舞台から飛んだ人に、少しでも「飛んでよかった」と思っていただく責任の一翼を担ってしまうのだ。 なかなか、中身を食べさせて貰えないので、残念ながら“味”に対する責任は負いかねている。 いずれにしても、食材及び副資材あわせて50ほどのメーカーのご苦労様の結晶、さらに、それらを確実に配送した業者の汗の塊、を組み立てる我々はアンカーなのである。
 
 お祭りは12月24日の前夜祭をもって始まる、 具材が北は北海道・南は熊本から運ばれてくる。 その総てが、一つずつ真空パック後IQF処理されているため、当然かさばる。 例えば、“梅人参”なる具材がある。 人参の煮〆が汁と一緒に3きれ入っているパック 50入れのダンボールが7,000食分で、パレット二枚になってしまう。 2×20種=40パレットの置き場を、プロパーの操業を維持しながら、専用温度管理可能な場所に収めなければいけない。 北海道や熊本からの車は、たいてい暗いうちに到着し、ディーゼルをアイドリングしながら、ドライバーは私の出社を寝て待っている。 同じ具材が一括に納品される事はありえない。 12月初旬にK社が受注見込みの2/3程度の仮発注を各メーカーに出しK社倉庫に納品させた上で、中旬に確定追加発注をするためで、私の工場を含め総ての関係業者が二度手間を余儀なくされる。 さらに、追加あるいは補足分等も来る。 したがって、アンカーの手元に総ての必要具材が集結する頃までには、幾多のトラックドライバーと冷笑した上で深夜を迎え、クリスマスイブの毎年、受け入れ在庫不明のまま「お祭りだから仕方ない」の発声を合言葉に、サンタさんと一緒に帰宅する事にしている。
 翌25日には、資材がやはり早朝から待っている。 二段重7,000セットを搭載した10トン車は、見るからに重たい。 この車は毎年石川県から駆けつける。 一括7,000と言う数字が、彼等にとって大なのか少なのかわからないが、少なからず、私の工場にとってプレハブ倉庫を埋め尽くすに十二分のボリューム且つ重量、そして迷惑な大荷物だ。

 いよいよ当日だ。 スタッフは常勤のパートのおばさん10名、3日間限定アルバイト35名。 通常業務との兼ね合いで,常勤者をこれ以上回せないのが現状である。 右も左も判らない、高校生・大学生・フリーター・中年の主婦・休日のサラリーマン、などなど新聞折込で募った正しく期間限定戦隊にて、45名のラインを組む。 具材搬送係り2名、具材計数係り10名、重箱ふき取り供給係り5名、具材盛り付け係り8名、仕上梱包係り18名、廃棄物処理係り2名、が配置明細となる。 それぞれの配置に個人の能力要求が異なり、アルバイト諸氏に関しては前日に履歴書だけを頼りに、性別・年齢・身長・職歴などを吟味し、決定する。 もちろん、可愛い顔写真を履歴書に添付してくれた若い女性は、私の近くに配置する事を忘れない。
「お願いそしてお約束していただきたい事があります。 お集まりいただきました45名の方が、いまから発表しますそれぞれ担当の配置につき、初めて一つの製品が出来上がります。 更に、途中再検品などトラブルが発生した場合、就業が深夜に至る可能性があります。 3日間だけの作業です、期間中、遅刻・早退はもとより欠席は大いなる迷惑となります。 最後の1個が完成するまで付き合う自身のない方は、どうぞお引き取りください。」
 早朝のミーティング。 工場内の空気かキィーンと張りつめる口上をあえて言う。 実際、私の初回経験時、23時を過ぎた頃高校生のアルバイトの親達が工場入り口に行列し、彼等の大切なお子さんを02時に解放する事件を目の当たりに見ている。 これは詭弁かも知れないが、あの時の若者は疲労困憊のなか、唯の一人も途中で帰ろうとはしなかった。 彼等は3日間で結果的に法外なバイト料を受け取る結果になったが、1日目にして皆握手を交わしあるいは抱き合って帰途に就いた。 この仕事には、いつも“魔物”が潜んでいるのだ。
 初回の失敗は、梱包の段階で一番最後に入れるべき商品リーフレットの入れ忘れ。 うかつにも気付いたのは作業終盤の午後5時のこと。 以降、配送の車を待たせ、2重3重の梱包を全員で紐解き、翌日02時に出した。 
 その翌年は、午後8時に予定通り作業が終わり清掃の段階で悪魔が現われた。 具材盛り付けライン(ベルトコンベア)の下に、二の重の一番上に置くべき「梅人参」が3個、スノー・ドライアイス吹き付けテーブルの下にも1個、ある。 私は即座に、梅人参が「ここにあって然るべき理由」を探したが、結論はただ一つ、重箱移動中に落下したのだ。 何時落ちたのか全く不明。 よって、 以降、配送の車を待たせ、2重3重の梱包を全員で紐解き、翌日02時に出した。 おろかしい。
 三年目の悪夢、この年は2段重6,000セット プラス 3段重300セットと言うおまけが付いていた。 単純に3/2倍の時間がかかるだけと高をくくり、数が少ないので引き受けた。 ところがガッテン、にっちもさっちも行かないのだ。 3段重の組み立てラインを2段重同様に滑らかに流すためには、作業台・ベルトコンベア総延長・具材及び資材設置スペース・人員など夫々が3/2倍必要であることに気付いた時には、もう収集のつかない烏合の塊となっていた。 このときの ウ が帰巣したのは明け方のことだった。 
 4年目の悲劇。 一の重の一番上に「お飾り」と云う食品ではない紙製品を入れる。 こともあろうかライン稼動開始直後にK食品本社から緊急指示が入る。 「お飾りのなかに無数の毛髪が混入していると、いま他の組立工場から連絡があった。 御社に供給したものと同じ物だ。 入念なる検品を依頼する。 なお、混入毛髪を発見されたスタッフ総てに、わが社より礼品を贈るものなり。」 散髪屋内の内職作業だったのか、脱毛症のお方が髪をかきむしりながら作ったのか、迷惑な限り。 幸い、「お飾り」も1個ずつ密閉されたセロハンに包まれているので、組立工場内での感染はない。
 だが、末端での混入はこれ以上無い不愉快の極めとなるに違いない。 私は「鋭意検品せよ」の指示をその計数担当者にだけ出した。 K社の立会い社員が私の指示に追言したのが災いの始まりだった。 「わが社より礼品を贈るものなり。」 を高らかと宣言してしまったのだ。 以来、ライン全員が「礼品」に目がくらみ、総じて5本の毛髪と引き換えに、最早使う人もいないテレホンカードを頂き、全員が帰宅したのは大晦日の散髪屋でさえ閉店する時刻だった。
 5回目の唖然。 前年の記憶が覚めやらない常勤パートのおばさんから、「ねぇねぇ、このこの丹波の黒豆イッコだけだけど皺がよってるよ。 いいの?」 「あのうー、この数の子なんですが目には見えないほどの黒い点があるのですが?」 「伊達巻なんだけど、端っこが少し焦げてるよ!」 私に進言する。 その総てが私には美味しく頂けると認識できるものであったが、「K食品さんに確認してもらいなさい」 と言わざるを得なかった。 K食品は水産練り製品の製造販売を生業とする会社で、派遣された若い現場担当者に、黒豆や数の子の良し悪しが判断できるはずが無い。 彼は「うー」と唸ってしまいラインは度々止まる、挙句の果て、「今年はなんにもくれないねぇー」を合言葉に、師走の未明を帰路につく。
 今年は18時に帰宅しましょう。 私は宣言した。 そのために過去6年間の間、様々な策を巡らしそして専用の作業台の製作を始め、完璧を施した。 すなわち、具材品質写真入ランク表を掲示し,その総てを20づつ数える。 重箱20セットずつを連番で流し,20の具材が過不足なく消化された時点で次の梱包作業を開始する。 もちろん都度ライン下部の落下物チェックを怠らない。 トラブル発生時はこの時点でチェックする。 梱包作業に於いても、リーフレット・品名ラベルに至るまでこれも20ずつ数えておく。 最終梱包形態のマスターカートンにも連番シールを貼り付け、更にパレットごとにも連番及び製造時間を明記する。 何らかのトラブルが発見された時、20セットの検品で済む対策を取る。 sh0247ojyuu

その総てが順調に機能し、18時に45名をそれぞれの家路に返した。 お祭りの集大成だった。
 2005年の年が明け、あろうはずがないと思っていたクレームが来た。 「消費期限が2004・01・03だ!こんなの食えるか!」 
 私たちはK食品から指示・搬送された消費期限入りの「品名表示シール」を指示どおり貼り付けただけで、どうやらそのなかに,昨年の残り物が混じっていたようだ。 私は「責任外」を極めつけている。 が、ご安心下さい。 K食品のお重の中身は間違い無く2004年の年末に作った物です。
2005/01/21 

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刺身

 年末にはあらゆる食品の需要が増大する。正月休みの分まで買い込んでおくからだとその昔は単純に考えていたが、元旦からスーパーが平常営業するのが当たり前の昨今、どうやら考えを変えなければいけない様だ。人の胃袋が増大する時期と定義するのが正しいのかも。いずれにしても、年末は「食い物」を売る最高の機会に間違いはない。大手スーパーマーケットのバックヤード代行食品加工場も戦場と化す。
 プロパー商品として日々100出ている物が1,000になる3日間。 刺身盛り合わせもその類から外せないアイテムの一つだ。通常、単品盛りあるいは2点盛りが売れ筋のこの商品は、この3日間、売価1,000円から2,000円の6点盛りや8点盛りが主体になる。同じ量を作っても刺身一切れの数から言えば、8点盛りは2点盛りの単純に4倍の手間がかかる。数量も当然ふえるので、あっという間に普段の10倍近い仕事量になってしまう。
 今日のように、食品衛生法によって消費期限の表示がそれほどやかましくなかった頃、平塚の工場でこの困難な仕事を引き受けた初年度、年末初日の作業に36時間を費やした挙句、とうとう時間切れで欠品事故を起こしたと言う、悲惨な史実を聞いている。しかも、大量に残った原料となる鮮魚は、正月明けの初売りで「加熱調理用」として販売した、オマケ話付だ。
 刺身はデイゼロの商品だ。即ち、製造日=消費期限日。ストレッチ作業(ラッピング)開始は店頭販売日の午前0時スタートが現在の法律である。スーパーの集荷・配送センターを経由して各店舗に輸送する時間を考慮すると、遅くとも05時に工場を出ないと間に合わない。
 普段10名のスタッフでこなしているので、100名で取り掛かれば計算上なにも問題ない。だが、隣室では普段アンコウを潰している面々がタラバガニをガリガリ切っているし、さらに隣の作業室ではゆでダコをただ二つに割る作業が黙々と続いている。いずれもその原料が1階の冷蔵庫からはみだしている。 3階ではオンライン計量システム付高速ストレッチマシンがフル稼働して紅色の酢だこが絶え間なく流れている。片隅では卵焼きの山。一番大きな部屋ではおせち料理の重箱詰め組立作業が永遠と、1ライン40名で進行中だ。もちろん、プロパーの切り身・珍味・干物などスーパーの魚売り場に並んでいるあらゆる物の小分け・計量・包装・値付け・ピッキングも平行しながらである。それらがいつ始まりそしていつ終わるのか誰も知らない。
 したがって、物理的に刺身作業だけに普段の10倍の増員は収容不可能であるし、包丁技術を持つ人を3日間だけ集めることも無理なことだ。策を練った。
 8点盛り(マグロ3・タイ・サーモン・イカ・甘海老・ホタテ)、日々3,000パックが注文だ。この内サーモン・イカ・甘海老・ホタテ原料は冷凍を使用する。これらを半解凍の状態でスライスし盛り付けんばかりの形に重ね、再び冷凍する。タイは生原料だがこれも同様にしてIQFにして保存する。要するに刺身として口に入れたとき、色・食感が変わらず一般細菌数が10の3乗以下であればそれは完全な生鮮食品として認められる。実験をクリアし、顧客の了承を得た上で数日前からコツコツと準備を始める。各1万5千切れ。マイナス54℃の超低音冷凍庫は満杯だ。
 当日、少しだけ早出をしてまずトレイに妻を巻く。2万4千個の妻巻きなど恐れるものではない。0時の時報と共に、ライン先頭の1名が妻の上に大葉を乗せコンベアにトレイを流す。ついで、3名の切り手がマグロを切りそのままトレイの所定位置に盛る。残る6名が程よく解凍された各具材をトッピングし、パセリ・菊花・ワサビを添え、ラッピング・値付け・仕分ける。1時間で600セットを達成できれば間に合う計算だ。
 私は02時には楽勝を確信し、4階の食堂でタバコを一服したあと、翌日作業分のマグロの柵取りに取り掛かった。

『魚加工の認定制度(技術磨きサービス向上へ)
 イオンが設置しているのは「鮮魚士」という資格。技術の高低によって、1~3級に分かれており、試験は学科、実技、面接によって行われる。最も重点が置かれる実技面では、包丁の使い方といった基本的なものから、そのスピード、衛生管理まで採点項目は多岐にわたる。求められる能力は概ね1級が指導可能な水準、2級が売り場主任レベルとなっている。
 有資格者は今年6月時点で1級13人、2級873人、3級1231人の合計2117人。この1年間で受験者は倍増している。中略 この「鮮魚士」の利用者増の傾向は、同検定が厚生省から認可されたことも背景にある。中略 
 またイオンだけでなく、西友も今秋から社内資格「水産商品スペシャリスト」(仮称)を取り入れる。包丁研修や調理講習などで、生鮮品加工の技術を底上げすることが狙い。資格者が増えれば、売り場で積極的なメニュー提案が出来るのも理由のひとつ。売り上げへの貢献に加え、制度導入がムダな切り身の削減など経費抑制につながると判断した。』
[日刊食料新聞 2004/09/27 一面記事より抜粋]

 スーパーの刺身が更に美味くなりそうだ。
 それにしても、私は何級だろう? 妻巻きだけは誰にも負けない自信があるのだが。block_image

2004/11/10 升



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キハダ

 その日、2階にある原料処理室は既に10本の生のキハダで足の踏み場がなく、通路及びエレベーター前の空間をも埋め尽くし、更に1階のトラックブースにまで40キロの肉体を累々と転がされていた。 鰓と内蔵を現地で処理し、木箱や発泡・ダンボールケースに氷詰めにされ、はるばる海外から運ばれた魚たちだ。
 その日は、この新築4階建て水産加工工場の、おどろおどろしくも短い生涯の記念すべき幕開けの日だった。
「明日からマグロを入れる。 お前が担当だ。 明日は13時出社でいい。 いいな。」 刺身と切り身が少し出来たのがその「担当」理由らしい。 もちろん、マグロなんかおろした事はない。 鰹やそのクラスのシビ(当歳マグロ)をつまみにした経験があるだけだ。
 初日のその日は当然練習であるはず、信じて疑わなかった。 
案の定、その道ウン十年のキャリアを持つプロフェッショナルが招かれ、口頭のレクチャーから先ず始まった。 テーブルクロスと見まがうばかりのまな板にデンと寝ているキハダを前に、見事な口上が始まる。 同席のパートのおばさんはうっかり聞き入っている。 そう、店頭対面販売、それも実演販売の口上だ。 三尺の牛刀を持ってあっという間に解体し、三尺のタコ引きで柵どる。 更に、刺身を切り食わせる。 ガマの油に匹敵するパホーマンスに拍手喝采。
2本目は私だ。 
床に寝ている40キロの魚をまな板に揚げられない。 頭も尾っぽもしっかりと付いている40キロを、70キロの私が揚げられない。 業を煮やした「先生」が、ひょいと上げて、「さー、やれ!」。
頭を左に置き、マグロ特有の長い胸鰭を左手でしゃくりあげる。 その脇から頚椎に向かい包丁を斜に入れる。 ひっくり返し同様に包丁を入れ頭部を切り離す。 次いで、尾を切断する。 頭同様力では出来ない。 脊髄関節の真を捉えない限り、包丁が刃こぼれし、無駄な汗をかく。 マグロ専門の研究室で教わった「フィンレット」の学術用語は空に飛び、その時、私が欲しかった知識は、何番のフィンレットの付け根から何ミリ下方に髄関節があるの?
 次いで、頭部を右手に回し、上身の腹側から背骨に向かい中骨を包丁の刃先でこつこつ探りながら尾先まで切り進む。 魚を反して、尾からこつこつやり最後の部分は鱗があり堅いので、左手拳の援護を受け叩ききる。 頭部側から側線にそって包丁の刃先を脊椎骨頂点を探り、抉るようにいれ、四分の1と2を取る。 k10

 下身は返さず中骨の下に包丁を入れる。 上身の包丁が上手く入っていれば中骨を透かして刃先が見えるはず。 背・腹側からまんべんなく背骨に向かい包丁を入れ、背骨の尾先端を左手で持ち上げ身を包丁で切り離す。 最後に血合いの真中を割り放せば、四ツ割の完成だ。 背側頭部の太い動脈の削除を忘れなければ、立派な製品に値する。
 「ガマの油」氏はこの作業を3分/1本で処理する。 私は10分かかる。 しかも、「中落ちのすき身」が沢山取れる代物だ。 ガマ氏がやがて文句を云わなくなったのには、理由があった。 この日、工場を埋め尽くしているキハダの魚群は明朝05時までに総て製品化して、出荷しなければいけない義務があったのだ。 これは「訓練」ではなく正に実「災害」だったのだ。
 23時を廻った頃、最後の1本が頭と尾っぽと骨になった。 にっこり笑った私は、「やー、お世話になりました。 コーヒーご馳走させてください。 お疲れ様でした。」 社交儀礼を発する。 「有難うよ!」 
「あのねー、今まで作った四ツ割の半分は「柵」で出す。 あと、6時間しかない。 コーヒーまた何時か飲もうね。」
 製品の箱詰め担当のパートさんは既に三巡目に入り、皆この初めての緊迫した空気に、空転する。 「誰だ、このコロを身欠いたのは?血合いがこんなに残っている。」「あー、それは外れだ。頭落としたときに気が付かなきゃ話にならん。」「さしに気をつけろ!」「おい!そこのおばさん、ウワ氷忘れてるぞ!」
 04時45分に作業を終えた。
「コーヒーどう?」「有難う。 でも酒飲んで寝よう。 明日、いや今日は15時からやるか。 お前も4分で捌けるようになったから。」
 2004/09/03 升

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11/24/2005

一休み

社長中澤茂の逡巡(第三話)

 15才の少年を採用するに至って当然の事ながら事前に面接を行う。聞けばこの少年、高校進学の為の試験解答用紙を全て白紙で提出したつわものらしい。諸般の家庭の事情もあるとも聞いた。三崎中、殆どの水産加工会社を当たったが年齢制限に引っかかり就職出来ないと言う。本社では15歳以下の者は雇用できない規則があることを覚えていた中澤茂は確認を取った。樫原の回答は「子会社には適用されない」。
 中澤は異例にも2回目の面接を行い、私を立ち合わせた。事前に「あの子の将来の全てを任せるよ。」といわれていた。そして、
「君の履歴書の希望欄に書かれていた通りに、魚の切身をやってもらう。この小父さんに君を任せる事にするが、この小父さんは怖いよ。現場でぼやぼやしていると蹴り飛ばされるかも知れないが、それでも我慢できるかな?」無茶苦茶な発言を始める。更に、
「汚い仕事だよー。頭の天辺から足の先まで魚の腸や血それに鱗が飛び散って、お風呂の入っても臭いは落ちないよ。我慢できる?」
「会社は小父さん小母さんばかりで若い人は一人もいないが、話し相手いないかも知れないよー。つまんないよ。」
「この小父さんの掌の様にタコだらけになるよ。ほらよく見てご覧!とても人間の手と思えないだろ?」私の手を無理やり広げる。
 中澤のありとあらゆる意地悪とでも思える“脅し文句”に、少年はしかし全て笑顔で頷いた。
「map_ikkyuu.bmp」をダウンロード


 少年の家は工場前にある県営大駐車場を挿んだ向こう側で釣道具屋を営んでいる。9月の末から、徒歩30秒の距離を奴はチャリンコに乗って通勤し始めた。工場入り口に繋がる階段下のスペースに駐輪しているのだが、ともすると、釣道具屋のおかみ(少年によく似た母親)がいつの間にかその自転車に乗って用事を足している姿を見受ける。ジャニーズ事務所に所属している若者以上の可愛い顔立ちを持っているのだが、無口だ。受けた指示に対しても口頭での返事より、小作りな顔の大きく黒い瞳で私を見つめ、ただ頷く事の方が多い。家が商売をしているせいか、無口な割には大人の冗談をよく理解し、返す笑顔は一級品である。
 奴が出刃包丁を握り始めて最初の土曜日。“東京に行く”を理由に欠勤した。次の土曜日は“病院に行く”を理由に欠勤した。その次は“腹が痛いので午前中でかえりたい。”と始業前に言ってきたので、そのまま休ませた。翌週は午後になって“今起きました!ごめんなさい。休みます。”11月に入った途端、欠勤願いが提出されその内容は“5・12・19・26日の土曜日は家の仕事が忙しいのでそっちを手伝います。”更に、11月第2週には会社を辞めたいと言い出した。

「辞めてどうする?」 「小型船舶2級免許を取ります。」
「二級免許なんて聞いたことがないが?」 「昔の3級がなくなり今は2級免許です。」
「免許とってどうする?」 「親父を手伝います。」
「船もあるのか?」 「20人乗りの釣り船です。」
「20人乗りなら5トンぐらいか?」「4.9トンです。」「阿呆!それを“ぐらい”という。」
「今何が釣れてる?」 「ワラサとイナダです。」
「どの辺りで釣れる?」 「大島沖です。」
「朝何時に出る?」 「早くて0時、遅い時でも2時半出港です。」
「免許なくても操船はマスターしてるんだろ?」 「はい!」
「何処にどんな瀬があってそこでいつ何が釣れるか頭に入ってるか?」 「はい!」
「面白いなー。俺もつれてけ。」 「乗り合いなら、餌付きで税込み1万円です。」
「阿呆!俺も漁師になるっちゅう事じゃ。」 「親が組合員でないと難しいらしいです。」
「民宿もやれ!」 「組合で規制されています。」

 中学を卒業後7ヶ月余りも迷った結果、少年は切り身の師匠に暖かく見送られ、輝く海に向かい羽ばたいていった。1尺牛刀を握る私の右手が大幅に楽になった矢先の事である。200505031708255518_l

 拓也の去った薄暗い工場の片隅で思わず私は右の手の平をジッと見つめ、社長中澤茂から一任された業務を全うした寂しさを一人噛み締めた。
2005/11/22 升

http://www17.ocn.ne.jp/~ikkyu/

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02/03/2005

ツマ巻き


 平塚工場22時。 38歳の私は酔客で賑わう駅前の雑踏を抜け、夜道を急ぐ。 戸締りされた事務所をあけ、白衣に着替え工場に降りる。 既に、フェリーとパリ、スティーブがその日の作業の下準備を始めている。 総てのシンクに水が張られ、冷凍原料が流水下で解凍されつつある。 パセリの山が大ダルに投げ込まれ、これも水にさらされている。 
イラン人のフェリーとパリ夫婦、バハマ出身のスティーブ、将来に夢を抱くこの若い3人が私の先生だ。 心地よい水の合奏の中、彼らの指先でトレイに白妻が盛られていく。 寸分の誤差のない楕円形に巻かれた白妻が、幾何学的にトレイに並ぶ。 それも激しい速度で。

この工場は昼間の時間帯、冷凍エビ・カニの建て直し(ブロック原料を最小単位にリパック)や、凍魚の切り身を扱う、水産加工場だ。 夜間、その同じスペースが一大「刺身盛り合わせ」製造センターに様変わりする。 
当時、スーパーマーケットの戦略の一つに、売り場面積の拡大がテーマに置かれており、その目的のため、各店舗のバックヤードの切り離しが懸案となっていた。 魚売り場の場合、即ち、調理場及び冷凍・冷蔵庫面積の切り離しを意味し、陳列商品の総てをアウトパックに依存できないかを、模索していたのだ。 ちなみに、この理論を忠実に実践・展開・継続しているのが、今のコンビニだ。
彼らの店舗に調理場はなく、冷凍・冷蔵庫はそのまま商品陳列棚なのだ。 従って、アウトパッカ-は少なくとも1日3回の商品補充を余儀なくされる。
 大量・一括生産によるコストダウンと、多重分岐配送によるコストアップとの、暗中模索の真っ只中、ジャスコ・東急ストア・コープ神奈川・曾我の家(各敬称略)・スリーエフの刺身盛り合わせアウトパックを、一手に引き受けてしまった工場に、その時私は「丁稚」でいた。

 クルマエビの生け簀を一つだけ管理する人は年間1の経験をする。 5を管理する人は5の経験をする。 10持つ技術屋は1年で10の経験を持ちえる。 同じ理論で考え腹を据えた。 一日、2千・3千の刺身盛り合わせを作らせて貰える「板さん」が何処にいる? 私はまず、2,000p×4コの白ツマをあっという間に巻き上げる若い外国人達に教えをこうた。
 「ツマを巻かせてください。 お願いします、教えて下さい。」 瞬間、3人の目の色が変わる。 職場における彼らの対日本人関係は、今まで常に下の位置だ。 しかも、日本料理を作る課程で、10歳以上も年上の日本人が、彼らに頭を下げた。 動揺があって当たり前だったろうが、彼らの神経に配慮する余裕が私にはなかった。 回顧すれば、日本で稼ぎイランのマンション購入の夢ある若い夫婦には「職を奪われる」と解釈されて当たり前だ。 休憩時間のたび、英字新聞あるいは聖書を読むエンジニア志望のバハマ人は、おおように特有の肩をすくめた。
 手先の仕事には自信があるつもりだったが、出来ない。 まず、彼らと同じ物が作れない。 同じ物を作ろうと時間をかけると、繊細な大根ツマがこなごなに千切れ無残にも廃棄処分される。 焦燥ながらも2週間後には、とうとう同じ物が作れるようになった。 スティーブが脳味噌ではちきれそうな頭蓋の下方にある真っ白い歯を見せながら、右手をくるくる回す。 「良いぞ!だがもっと早く。」のサインだ。
 「刺身盛り合わせ」の組立工程を述べておこう。
 受注→品目別に設定されたトレイを受注数数え用意する→計数後のトレイに吸水紙を敷く→その上に乗る刺身の大きさ・巻数に合わせ、規定のg数による白ツマを配置する→白ツマの上に大葉を乗せる→刺身を乗せる→パセリ・菊花・ワサビパックなどで装飾する→ラッピング→値付けシール貼り→店舗別振り分け→配送。
 この工程の2~4までが彼ら外国人に任されていた。 作業場のホワイトボードにはイラン語の手書きで書かれた受注表が掲げられ、英語圏のスティーブはそれを解読していた。 日本語圏の私はひたすらスティーブの子分に徹する。 
 23時になると、包丁軍団がぽつぽつ集まってくる。 刺身を切ること意外何もしない職人の集団だ。 魚屋を廃業したおじさんや、旅館の板場経験者、スーパーの水産部調理場出身者、流しの寿司職人など様々な奇妙なる集まりだ。 常に無駄口を絶やさない。 競輪の話し、釣りの話し、自転車の三角乗りの話し、女の話、旅行の話し、今日の電車の中の話、昆布漁の話、などなど吉本興業並に話題が尽きない。 だが、手が早い。 まるで口と手が違う生き物のように、次々と製品を仕上ていく。
丁稚の私も彼等の誘導尋問にかかり、沖縄の話、エビの話を幾度も講演させられる。
 ツマの上に刺身が盛られると、フェリーとパリは最終工程の手伝いに入る。 スティーブとその子分は相変わらず妻を巻く。 さらに、製品の手巻きストレッチ(トレイにラップをかける事)の作業が廻ってくる。 専用の卓上器具があるのだが、これも熟練を要する代物だ。 しわなく、短時間でが必要条件。 両手と片膝のコンビネーションの極意を掴むのに、やはり1ヶ月が必要となる。
 カルチャーショックを克服した、2ヵ月後、彼等の夏の納涼祭に誘われた。 基本的にこの仕事に全休はない。 コンビニに閉店日がないのと等しい。 従って、交替で各スタッフが休みを取る事が余儀なくされる。 午前8時に終業を迎える集団の「宴席」は、24時間営業のカラオケハウスしかあり得ない。 
 09時に近隣のカラオケハウスに集合する。
 全員、夕飯とも夜食とも朝飯とも付かぬ食物を頬張り、かつ酒をあおる。 怪しい朝のカラオケハウスで。 イスラム圏イランでは絶対あり得ない環境にフェリーが、何故か楽しそうなミニスカート姿のパリを盛んにガードする。 若い石さんや、独身の柳刃さんには格好の青い眼を持つ綺麗なお嬢さんだ。 スティーブは相変わらず聖書をすみっこで、ナッツを摘みながら読んでいる。 
 年の功で、北海道出身の店振り担当鳥貝さんが、見事に収集に出る。 「おい、石。 柳刃。 あたしで我慢しな。」
 17時に散会した宴会の後、何時ものように22時に出勤した私より先に、鳥貝さんがオロナミンC
を咥えてへたり込んでいる。
「これを呑むとネ、ホームランが打てるのよ。」

平塚の詩人達は今はもう誰もいない。
2004/10/10 升

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10/01/2004

今月の作業⑥

クルマエビ⑥
 2月の水温環境は本誌先月号で紹介しました1月のそれとほぼ同等で、21時測定で月平均およそ18℃になります。 低水温に伴い海老の摂餌量が低下する一方、飽和溶存酸素量そのものの上昇、及び間段なく吹く北東の季節風により、飼育水のDOは夏期に比べハイレベルで推移します。 従って、この時期はついつい在池量を多めに抱える結果になります。 弊社では1~2月の在池量の上限を600g/㎡に設定していますが、取り上げ終了後の逆算結果では700g/㎡を超えていたという実績もあります。 一定の低水温環境が安定して推移すれば、在池量はもっと置けると考えていますが、恐ろしいのは、水温の上下変動です。 来たる沖縄の3月は「三寒四温」ではなく「三寒三温一暑」の繰り返しになります。 「寒」期には飼育水中の海老の代謝排泄物などの分解速度も遅く、汚れを溜め込んだ状態が累積し、「暑」の期に一挙に爆発すると考えられます。 この浄化サイクルにおける時間的ずれを見落とすと、1ヶ月後のトラブルの引き金となってしまいます。
 水温低下開始時期の11月が沖縄の1回目の山場であれば、3月が2回目の峠となり、無事に山越えするためには、この2月の底質管理が重要な鍵を握っていると言えるでしょう。 残餌を出さない事は基より、ヘドロを貯めない事が基本になりますが、底砂の深部に渡り還元層が出来ている場合など、対策に苦慮します。 数種類の底質改良剤の使用を試みていますが、何れも砂の表面への散布しか方法がなく、期待する結果に至らないのが現状です。
 今ひとつの留意点は、寒波の急襲により、飼育水の透明度が高くなり、アオサやシオグサなどの藻類の繁茂を助長してしまう結果になることがあります。 付着性藻類の池内での繁殖は、水作りを困難にするばかりではなく、海老の収獲作業にも悪影響を及ぼすなど、諸悪の根源になります。 先に述べたように、投餌→分解→植物プランクトンの自然浄化の流れを時間的に把握し、日々の換水を微細にコントロールすることが肝腎です。
 さて、苦労して育てあげた海老も、以前のように期待通りの値段で売る事が難しくなった今の時代です。 言わずもなが輸入ものの仕業でしょうが、頭を垂らしてばかりいるわけにはいきません。 弊社は戦乱の最中、下記6項目の実現で、より発展的に挑んでいく方向にあります。
① 養殖池拡張による大規模集約生産から生じるコストダウン。
② 技術改革によるコストダウン。
③ 品質改善による販売単価の引き上げ。
④ 直販ルートの拡大による利益率の引き上げ。
⑤ 周年出荷体制による市場占有率の増大化。
⑥ 車海老を素材とした第2次及び第三次産業への展開。

 これらの項目に則り、さらに、リスクの分散と言う大きな付加価値を付けて、昨年9月より種子島の養殖場(久米養殖㈱種子島事業場)の運営を開始しております。
1991 「養殖」2月号 緑書房 投稿原稿原文 2004/08/20 升
本シリーズ完
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今月の作業⑤

クルマエビ⑤
低水温期の飼育管理
 年末の慌ただしさが一段落し、出荷作業は一息つける時期となる。 瀬戸内・九州北部地区の同業者の中には、既に1年の生産を終了し、池を干し上げている処もあろうかと思います。
 沖縄では1月といえども、クルマエビたちは盛んに配合飼料を摂餌し、成長を続けている。 従って、作業体系としては夏場同様、潜水作業を主体に組み立てられていなければならない。 潜水作業者にとっては、沖縄で最も辛い時期と言える。
 弊社の1月における過去10年間の平均水温は、21時の水温でちょうど18℃になる。 この数字は決して安定したものではなく、月平均では16~19.5℃、日間となると12~23℃の開きがある。 クルマエビはおよそ18℃を分岐点に配合飼料の摂餌率が急変するため、餌を摂るか摂らないかの境界線を往復する水温帯になるので、毎日の投餌量の決定が重要な管理ポイントになる。
 クルマエビの摂餌率は水温環境以外にも、個体の体重によって大きく異なる。 20g/尾までは体重1g/尾ごとに差が生じると言って過言でない。 私は便宜上、水温・体重別の投餌率表を過去の資料により用意しているが、なかなか計算通りに行かないのが現状だ。 配合飼料のメーカー別(組成)による誤差、飼育池内の個体体重のバラツキ率、および及びその水温環境下に置かれた時間的な経緯など、多くの影響因子があるためと考えている。 従って、凍えながらの潜水による残餌確認作業が不可欠となる。
 さて、年間の生産スケジュールからみると、1月の作業工程はこの数年間の間に大きく変貌している。 その原因は、台湾産養殖クルマエビの攻勢にあると言い切れる。 弊社では昭和61年度の生産までは、年1回、7月初旬に全池同時に種苗を同密度で放流し、平均的に間引き出荷しながら、翌年の5月半ばには池干し、というパターンを採ってきた。
 このパターンは台湾産と重複する。 内地産との明らかな3~5月の端境期から得られていた恩恵は、もはや過去の語り草に過ぎない。 大量に日本国内に連日入荷される台湾産と異なるサイズ、異なる時期に出荷できるように、生産スケジュールの変更が余儀なくされ、今日に至っている。 と、云うのが正直なところだ。 今年度は6,8,10月の3回に分散して種苗を放流する、難解な作戦を立て挑んでいる。
 年間を通じ水温が一番低くなるこの時期には、分糟時のヘイ死ロスが少なく、年末の贈答需要で大半消化済みの池へ、順次2番子、3番子を移していく。 まさに、エビの大移動の季節となる。 すなわち、23g/尾の池に13g/尾のエビを混養し、13g/尾の池に5g/のエビを混ぜていく予定。
 池のバラツキは極めて大きくなるが、出荷に際して、捕獲器の網の目合いの調節により、選択的な捕獲が可能なため、余り問題ではない。
 在庫量を池面積によって重量で上限設定した場合、小型のエビほど尾数を多く収容できるはずだ。 低水温期において、過去の実績では5gを超えたエビは2~3/月の増重が期待される。 個体の体重差に余り影響されないため、小型のエビほど増重率が高くなり、単一飼育池の群成長は大きくなる計算だ。 こうして、小型エビによる高い増重率に依存した増肉分だけ、大型のエビを選択的に出荷して行けば、飼育池の持つ在庫許容量の上限を超えることなく、出荷を継続する事が出来る。
 草木も冬眠中の九州/瀬戸内地区に比べ、沖縄の冬の持つ環境特性を如何に有効利用するかが、今後、私どもの事業展開上の鍵となっている事を十二分に認識し、この時期、技術的に未知の部分へ毎年“脱皮”していく心構えです。
養殖(緑書房) 平成3年1月1日 投稿原稿原文 升

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今月の作業④

クルマエビ④
出荷・販売
 贈答用を主体に販売体系を確立している養殖場にとって、この時期はまさに正念場の時期だ。 沖縄に業者はゴールデンウィーク前後を出荷のピークとしているところが多く、また、歳末用品の受注量も企業全体の売上を左右するほどの数量がまとまらないため、市場相場を見ながら、ある程度の出荷調整が可能なほどの余裕がある。 むしろ、12月にクルマエビ③
出荷しすぎると、1・2月(在池量的には年間通じ最も高く置ける)に空きが生じ、飼育池の利用効率が低下する恐れも出る。
 輸入活き車えびの続伸に伴い、長期に渡って安値安定型の相場になりつつある現状の元、弊社に於いても直販ルートの拡大を目指している。 久米島では20年足らずのクルマエビ養殖暦のお陰で、他3業者の販売量を含めると年間10t程度のクルマエビの需要がある。 その大半がいわゆるアガリ(採捕時にヘイ死したもの)だが、それにしても人口1万人の島で1kg/人の年間消費量には違いない。 「腐っても車えび」の価値観が既存しているのだ。
 弊社ではこの数字を拡大するために、一昨年から周辺人口50万人、観光入域者250万人を抱える那覇市内に営業所を開設し、一般販売を展開している。 50万人×1kg=500t が販売量の単純試算であったが、売れない。 那覇においてはブラックタイガーと同レベルの商品価値しかなかったといったところだろうか。 もともと沖縄には天然クルマエビは生息せず、近年の種苗放流事業もことごとく成果を見せていない。従って、いまだに「クルマエビとは何ぞや」の人が多く、天草や瀬戸内のような産地のイメージは浸透していないのが現実だ。
 一方、平成元年度の県下のクルマエビ生産量は500tに達しており、全国的には屈指の産地にまで成長していることも事実だ。 沖縄県の特産物の中でクルマエビは、牛肉、ロブスター、熱帯果樹、泡盛などに比べるとまだまだマイナーな存在だ。 しかし、逆に考えてみると前述の商品しか見当たらないのであり、牛肉の輸入自由化の問題やロブスターの資源枯渇から来る高騰は、沖縄産クルマエビをメジャーにする足掛かりとなり得る。 10年内には沖縄を訪れる人の殆どが、クルマエビを利用する時代になると信じ、県民へのアピールはもとより、今期300万人ともいわれる観光入域者をターゲットに我が営業所は奮戦している。
 さて、出荷に余裕があるというものの、年末に近づけばやはり忙しくなり、久米島全業者からのクルマエビ搬出量は、2,000kg/日を超えてくる。 東京・築地市場の活きクルマエビの相場日変動のボーダーラインが2t/日であるから、かなりのボリュームだ。 通常は南西航空YS-11を3便使用することにより那覇中継基地まで輸送しているが、この飛行機、満席状態下では300kgも搭載できない。 ぼやぼやしていると1,000kgの積み残しが必至となる。 そこで、久米島では全業者一致協力の元数々の対策を講じている。
 まず、梱包用ダンボール箱の企画をYS-11の貨物室の内寸に合わせて統一設計している。 そのため、市場からよく「箱が小さい」との苦情が来るが、仕方ない。 出荷前日には当日の乗客の予約状況から割り出した貨物搭載可能量と、久米島全業者の出荷予定量を参照し、各業者の航空便ごとの空港持ち込み量を割り当てる。 ここ時点で積み切れないと判断される場合、朝9時締め切りのフェリーを利用することになる。 フェリー積載には引退したDC-8機の簡易保冷コンテナをそのまま活用しているが、このコンテナにも隙間なく大箱が収まる仕掛けになっている。 フェリー利用においても間に合わない場合、最後の手段はセスナ機をチャーターするはめになる。 昨年の12月には合計19機のセスナがエビを満載して飛んでいるが、ちなみに、セスナ運賃はエビ1kgに対しおよそ500円の負担となる。
 久米島からの出荷に際しては、南西航空久米島便のタイムテーブル、那覇発乗り継ぎ便の出発時刻、気象情報、他業者の出荷量、フェリーコンテナの在庫数量、セスナの機種別最大搭載量など、養殖業とは全く無縁の知識、情報を常に頭に叩き込み、瞬時に対応していかないと無事市場に到着しない。 
 以上のような努力の結晶を市場関係者においては1円でも高く売って欲しいと言うのが、ほかならぬ本項の本音なのです。
(つづく)
(久米養殖㈱)
養殖12月号 緑書房 平成2年12月1日発行 (投稿原文)

あとがき(2004/06/29)
当時、書けなかった文節。 末尾から7行目に加筆。
 悪天候の時は修羅場に陥る。 久米島空港には管制塔はない。 管制員役は搭乗手続き(チケット切り)役の島のおじさんが、滑走路に設置された風向・風速計を本業の合間に睨み、着陸まじかのパイロットに無線で連絡するシステムだ。 基準の数字を上回ると降りられない。 駐機設備はないから、降りれば那覇へと再び飛び立つ宿命だ。
 横風のなか、恰好のいい帽子を片手で抑えながら今着陸してくれたパイロットが「今日のフライトは怖かったぞ。」 滑走路に面したドアを開けるなり言う。
 単パンにTシャツ、サンダル履きの私は、YS-11の機長と入れ違いで反対側のドアから消える。
あの時代、OAS久米島・喜納さん、空港のスタッフの皆さん、久米島フェリーの船長、那覇OASの皆さん、そして何よりも今はなき南西航空の温かく、かつ、優秀な技術力に、陳謝いたします。
升 

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今月の作業③

クルマエビ③
飼育水中の微生物の管理
 久米島にもようやく秋風が吹く季節が訪れた。 水温は次第に下がり、今月の下旬には例年20℃を割り込む。 在池量は12月の需要期を控え600g/㎡以上となることもあり、また、ビブリオ菌が活躍しだすのもこの頃からだ。 フサリウム菌の発生を見たこともある。
 トラブル発生の一回目のヤマ場に当たるこの時期、特に配慮していることは、飼育水中の微生物の管理だ。 微生物の管理といっても顕微鏡下の世界ではなく、単純に飼育水の透明度の管理にすぎない。 水変わりを頻繁に起こすと具合が悪いことは昔から言われているが、溶存酸素量が議論の対象となっていることが多いような気がする。 もちろん、それは重大なことと認識しているが、その他にも、病原微生物がフサリウム等の真菌である場合、水変わりがその発病と密接な関係にあると考えている。
 以前、種苗生産の段階で、常識にのっとり、極力“清潔”な環境を保つべく管理を行っていたところ、ラゲジニウム等複数の下等な真菌に侵され、ノープリウスからポストラーバに至るまでの間に幼生がほぼ全滅する被害にあった。 塩素、メチレンブルー、1年間の天日乾燥などあらゆる滅菌対策は無効に終わり、ついにはタムシチンキまで登場する始末で、その苦悩ぶりは容易にご想像願えると思う。
 足掛け2年、5回目の挑戦時に今までの“常識”を捨てた。 すなわち、隣接する中間育成池のいわゆるブラウンウオーターをふ化幼生飼育用水として添加使用した結果、一幼生の感染も見ずに立派なポストラーバに成長した。
 これは、それまでの経過から、このときに於いても初期には飼育水中に真菌が何らかの形で存在していたと考えられ、添加したブラウンウオーターがその活動を抑制した結果と推察できる。 クリーンな生活圏、それは言い換えると特定な生命だけが爆発的に伸長する環境ではなかろうか。 現地球の人類がこの状態に接近しつつあるように・・・。
 さて、ブラウンウオーターには藻類、甲殻類、原生動物などのプランクトンのほかに、天文学的な数のバクテリア、放線菌、真菌などの微生物が共存あるいは抑制しあって生物層を形成しているはずだ。 水変わりは肉眼的には単に色が変わったり、透明になったりする現象だが、その水中で生活する微生物にとっては核戦争後の地球に匹敵する致命的な事態なのではなかろうか。 そして、核爆発の後に生き残ったものがエビにとって無害か有害かによって、その後のエビの成育に与える影響が決定されるものと考えている。 
 農業科学の分野では対連作障害の土壌改良として、病原菌を直接滅ぼすのではなく、無害有益菌をその土壌に植え付ける手段をとるそうだ。 乱暴に言えば、悪玉菌が100あるとして、善玉菌を101にすれば悪玉菌の活動を抑制できるという考えだ。
 弊社では真菌性疾病の予防策の一つとして、農業用に開発された土壌改良用微生物混合剤を洗浄・乾燥後の砂に植え付けて、水を張るようにしている。 また、突然飼育水が透明になるなどの極端な水変わりが起こった場合にも添加を試みている。
 幸いにも、前述の処理を施してからは真菌性疾病の発生を見ていない。 万が一の特効薬として、フサリウムの“天敵”といわれる放線菌を高濃度に混合した製剤を用意しているが、未使用のまま倉庫に眠っている。
 水温が急変するこの時期の管理のポイントとしては、飼育水中の物理的な汚れ(ヘドロ等)の徹底排除と共に、換水量の調節などにより水変わりを起こさせないような配慮が特に必要であると考えている。
(つづく)
(久米養殖㈱)
養殖11月号 緑書房 平成2年11月1日発行 (投稿原文)

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今月の作業②

クルマエビ②
台風シーズンの管理
「沖縄の梅雨は一足早く参ります。 車海老の産卵のころです。 ふ化した幼生は体長およそ0.3mm、まるで蝶のように泳ぎます。 脱皮・変態を繰り返し、梅雨が明けるころ、体長1.5cm程に成長した稚海老を養殖池に放養します。 
 宝石のような久米島の海も、ひとたび台風が来ると怒涛は山のように押し寄せます。 嵐をいくども乗りきり、南国久米島にも北風が吹き始めるころ、身の締まった立派な車海老になります。」
 弊社の贈答活きクルマエビ用のしおりの一項です。。
 10月。 台風の時期。 沖縄のクルマエビ生産業者にとって、8~10月の現場管理上、台風はいわば古女房的な存在となる。 沖縄では11月までは晴天即ち炎天がつづき、水温30℃以上の世界だ。 9月ともなれば在池量は300~500g/㎡で、既に投餌量は上限に達している。 この時期、管理者に息を付かせてくれるのが何よりも風であり、風がふいている限り、酸欠事故の心配は半減される。
 弊社では約1,600㎡に1台の割合で撹水機を設置しているが、無風状態下では、3ppm前後となる。 60尾/㎡在池の池岸を夜間、懐中電灯を持って見回ると、水面が歩いて渡れる程にクルマエビが集まってくる。 餌が足りないのは明らかであるが、これ以上の投餌は酸欠のリスクを伴う。
 東の風だ。 池面に細波が立つ。 膨大なO2が水泡となって池中に吸収されていく。 沖縄の長い長い夏の安息のひと時。
 東の風は遥か南方海上での台風発生を意味する。 凪の間は風乞いまでして待望していた風だが、いざ、台風となると来てほしくない。 台風の進路予想図上でたびたび×印の下に隠れてしまうこの久米島で、弊社も幾度となく被害を被っている。 給水設備の破損、排水門の損傷、養成池本体のコンクリート擁壁の転倒崩壊など、考えられないような致命的打撃も過去数回経験している。
 沖縄の台風は猛烈だ。 風速70mのもと、雨とも潮ともいえない物が下から降りあがり、車は開いたドアにより帆走する。 波は見る間に護岸を越え飼育池上を津波となって対岸へ打ち上げる。 直径1mを超えるラワンの原木が池に浮かび、撤去策に苦慮するいとまも与えず、次の大波と伴に再び大海へ戻っていく。
 台風対策はこの時期の重要な管理のポイントです。 久米島の北西端部に位置し、北側に東シナ海を持つ弊社では、台風が島の東側を通過すると、前述のような悲惨なる状況に陥る場合が多い。 逆に西側を通過する場合は無風状態になるので、撹水機の回収などの対処策は180度異なり、その判断には慎重を要する。
 風波による被害が予測される場合は、撹水機や排水門のスクリーンまで回収して高台に非難させ、設備の流出・損傷に備える一方、飼育水の水位を下げ冠水を防止するとともに、夜間の海老の流出を抑える意味で投餌量を通常より多めにするなど、原始的な対策をとる。 しかしながら、台風一過翌日には炎天となる事も予想され、外海が赤土で濁り注水が出来ない状況など、二次災害の危険を常に伴う。 台風が発生してから通過するまでの数日間は、台風情報に噛り付き、管理体制も緊迫したものとなる。
 台風の風波は設備への被害のほかに、クルマエビの生命に致命的な打撃を与える場合も多くある。 一波で飼育池間の仕切りが見えなくなるほど冠水したり、暴風により飼育水が飛散したりで、疾病対策上不可欠な“隔離飼育”が事実上不可能となる。 従って、この時期に発病している池が一池でもあれば、台風によって他の飼育池に感染するものと覚悟せざる得ない。 一方、流入した泥海水は泥そのものが細菌の増殖を促進し、また、エビを捕食する魚類のみならず、未知なる病原性微生物の侵入を意味するものとして、以後の管理計画を組み立てていく必要に迫られる。
 台風を幾度も乗り越え、水温がようやく20℃を切る12月になって、疾病の発生を見ないときに初めてほっとできるのです
(つづく)
(久米養殖㈱)
養殖 10月号 緑書房 平成2年10月1日発行 (投稿原稿 原文)

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今月の作業①

「クルマエビ」                                         
                                                               升本喜夫

 「おーい。書くことがなくなった。後頼むよ。」  昨年11月に発足したばかりの「沖縄県車海老漁業協同組合」加入16社、技術面をはじめとして経営に至るまで非常に交流が盛んで、この十余年の急速な沖縄産クルマエビ生産量の伸長の根源となっていることは明らかだ。 その力は、以前からの中企法に基づいた組合組織時代からのもので、一昔前までは、業者により生産単収に200~800g/㎡のバラツキがあったものが、今では殆どの業者が800~1,000g/㎡の年間単収を維持するようになっている。
 一方、諸般の事情から不売あるいは不買決議など、思えば相当無鉄砲なことに一致団結して取り組む力もあり、苦い経験をもつ関連業者さんもあろうかと思う。
 前置きが長くなりましたが、前述のような状況の中、今月よりこのコーナーを石原養殖さんからバトンタッチされました。 筆者はクルマエビの生産技術を瀬戸内海に於いて学んだことから、恩師にあたる内地のご同業者に、久米島(沖縄)のクルマエビ養殖の特色を少しでも肌で感じて戴ければ幸いと思い、筆をとった次第です。

養殖施設の概要
 弊社、久米島養殖場の操業は今期で14年目に入り、ニ回の養殖池の増設を実施し現在では合計6面、総池面積66,000㎡を有している。 沖縄本島那覇市の北西約100kmに位置する東シナ海上の孤島、久米島の北西部・北海岸に面し、養殖池はグムイと呼ばれる隆起サンゴ礁上にある細長い淡水池を土砂で埋め、コンクリートの擁壁で囲ったものだ。 構造は簡単だが、その護岸たるや6立方メートル/mの生コンが注ぎ込まれている。
 池底は平均潮位より2m高いため、取水は全て動力に依存している。 従って、瀬戸内・天草方式と異なる点は揚水手段だけで、基本的構造は同様である。
 外海はリーフに囲まれておらず、多種の熱帯魚のほか、サメ、ウミガメ、ウミヘビ、時には流行の座頭クジラも訪れる。 取水口付近の地形等から魚卵や仔魚等の侵入は殆どなく、種苗放養時期に家庭用防虫網を注水パイプの先端に吹き流し様に取り付けておくだけで(気付かぬ内に破れていたりするが)、魚類による食害は防げる。 池を干してもおよそサバヒー、スズメダイが数匹程度で、エビよりもタイやチヌ、コノシロなどの方が多い瀬戸内の池干しを経験しているものとしては、多少面白くない面もある。 透明度は50m。 クルマエビ養殖用水としては向き不向き(特に珪藻の管理上)の議論はあるものの、世界一綺麗であろうと自負している。
 池の護岸から波打ち際までの約100mの岩礁を削って導水路とし、現在2系統を持つ。 導水路末端をポンプピットとして合計出力96.5kwの水中ポンプにより揚水を行っている。 日間最大換水可能量は全容積の80%だが、単一池で160%の換水が可能なように配管を施してある。
 通常は朝の定時に当日の適正量を排水し、その後注水を開始する。 干満差利用の瀬戸内・天草方式と異なり、ウミンチュ(漁師)の端くれでありながら旧暦を全く忘れてしまった感がある。
 その他の付帯設備として、撹水機40台があるが、台風対策のため最近では水中型のものが殆どとなっている。 創業時に造成した養成池3面には池底全面に散気管を埋設し、常時ブロアーによるエアレーションを行っていたが、不設の増設池と生産量に差が認められないため、昨年度から使用していない。
 以上の大道具と10名のスタッフにより、9月現在、8gの本養成、1gの中間育成、今期3回目の種苗生産が同時展開中。 年間70tの車えび生産を目指している。
(つづく)
(久米養殖㈱)
緑書房 養殖9月号 平成2年9月1日発行 (投稿原稿原文) より

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