船上におけるビンナガ飼育の試み
Ⅰ 緒言
近年、カツオ・マグロ類の飼育技術は一段の進歩により、長時間飼育における生態習性研究が進められている(Tester;1952,’55,Hsiao;1952,’55,Miyake;1952,Van Weel;1952,Clemens;1956)。
水槽内における飼育に関するカツオ・マグロ類の研究は、ハワイにおいてTester(1952)らによって開始された。
その後、Nakamura(1962,’66)、Magnuson(1965)らによって収容輸送水槽の改良、大型化などにより、本類の長期間飼育が可能なものとなっている。
我が国の研究は、1965年、東海大学丸船上においてのカツオ・キメジ飼育実験を初めとし(井上ら;1967)、日本におけるカツオ・マグロ類の飼育による生態研究が推進された。
そして、井上ら(1970,‘72)、原田ら(1971)鈴木ら(1973,’75)、竹内ら(1970)、大谷ら(1974)、石川ら(1975)などにより基礎的研究が進められている。
1970年には、有用魚類大規模海中養殖実験事業の一環として、マグロ類養殖技術開発企業化試験が水産庁遠洋水産研究所を中心として組織され、総合的研究の中で、カツオ・マグロ類の人工孵化、養殖時代の可能性を示唆している。
しかし、本類におけるこの一連の研究の中でも、ビンナガの飼育に関する報告は全く見るべきものがない。
この理由として、ビンナガの回遊生態からみて、他のカツオ・マグロ類と異なり、沿岸部に来遊しないことや、飼育に適当な幼魚の採集が極めて希で、しかも、小型魚の来遊期が短期間であることがあげられよう。
本実験は、ビンナガを陸上の水槽に移し、総合的な飼育生態研究への手懸かりとなることを目的とし、1976年カツオ竿釣漁船上の小型角水槽にビンナガ,Thunnus alalunga を活魚収容し、ほぼ20時間の収容・飼育を試み、この間、収容初期におけるビンナガの行動に関する観察から二,三の知見を得たのでここに報告する。
本論に先立ち、終始技術指導、御助言、御校閲を頂いた本学講師岩崎行伸氏、ならびに、ビンナガの採集の機会を与えて頂いた、静岡県清水市盛秋丸漁業社長山本正平氏、困難な船上作業に御協力を頂いた、三重県所属カツオ竿釣漁船第三十一盛秋丸の漁労長加藤明生氏始め、船長、乗組員の方々、実験に使用した小型水槽を心よく御借しいただいた東海大学海洋科学博物館・飼育課の方々、そして、船上において終始御協力を頂いた卒研学友今宮充君に対し、ここに深く感謝申し上げる。
Ⅱ 飼育装置および方法
本実験は、1976年6月8日~7月18日の間、三重県所属カツオ竿釣漁船第三十一盛秋丸(390t)の第2次ビンナガ航海に乗船する機会を得て、船上におけるビンナガの飼育・輸送の試みに関し、実施したものである。
カツオ・マグロ類の飼育・輸送に関し、その生存時間はすでに、飼育水槽の容積に影響するとの報告が知られる(井上ら;1967、鈴木ら;1975)。
また、既往の飼育例により、小型魚の有利性を示された。
そこで、本実験は小型のビンナガを対象とするために、すなわち、小型のビンナガの来遊期は、例年6月上旬から7月上旬にかけて、野島崎東方黒潮前線の北緯37度線付近に達し分布するとしている(井上・岩崎;1976)。
このことから、小型ビンナガの採集は、これを考慮し乗船航海を計画し、主に36~37度N、155~175度Eの海域でビンナガ・カツオ操業された際に水槽内の収容の試みを実施したものである。
Fig.1 船上に設置されたキャンパス角水槽
ビンナガを収容した水槽は、外枠に鉄製、内枠に板を骨組みとするもので(Fig.1)、 1.6×1.4×1(深さ)m、容積2.3tの内側にキャンバスシートを張った組み立て式角水槽を使用した。
この水槽の船上における配置は右舷後部上甲板に設置した(Fig.2)。 この位置は、船尾の釣獲場所から水槽収容に至る間、最も近い距離で、しかも、作業上危険性少なく、通常およそ15~30秒程度の時間で収容作業が可能な場所である。
水槽内に取り入れた海水は、現場の海水をくみ上げたもので、これは装備の散水用パイプからホース(内径22㎜)にて毎分100~120ℓを常時給水した。すなわち、この水槽を満水および一循環するには、およそ20~25分程度の時間を費やした。
排水は、ビニールホースにより水槽底からサイフォン式によった。
また、電気流速計(CM-1B,東邦電探)を用いて、水槽内の流速を測定した。
航海中飼育水槽内の水位は、船体の動揺による海水の流出や、散水による注水量の減少から若干異なっている。
しかし、ビンナガの収容中は、ほぼ水深0.6~0.8m(1.4~1.8t)の水位が保たれていた。
Fig.3 ビンナガの採集作業
ビンナガの採集は、船尾甲板にて竿釣り漁法により釣り上げたものでFig.3に示す。
針は反しの有無の2種類に分けられた。
竿釣りされたビンナガは、比較的小型の魚を選び供試魚とした。
水槽内にビンナガを収容するには、次の2つの方法をとった。
すなわち、収容は、ハンドリングを避けるために竿のまま魚体を宙吊りにして水槽に移した。
他の方法は、針から外されたビンナガを両手でハンドリングし、抱えて水槽に収容した。
これらの方法により、釣獲から水槽に至る時間は極めて短く、いずれも15~30秒程度要された。
一方、水槽内のビンナガの遊泳行動、生存時間などを、比較検討するために同じ条件で、同海域で混獲されたカツオKatsuwonus pelamis(体長48~51cm)5尾につき活魚収容した。
実験はTable1 に示すように4回にわたり、合計10尾のビンナガおよび5尾のカツオを水槽に収容した。
収容したビンナガは10尾と少ない尾数に止まった。
このことは、釣獲された小型ビンナガの占める、操業による漁獲割合が、全漁獲量からみて少ない事や、あるいは、小型魚にあっても釣獲時に釣針あるいはハンドリングによって、致命的な傷を負ったものが多くあり、これらのビンナガは水槽への収容には至っていない。
そして、船上での収容作業は、漁獲能率に支障を来たし、さらには、危険度を増すため、1尾の収容にかなりの時間を費やした為、少数の収容に止まった。
なお、ビンナガ群の1操業当たりは、漁獲時間5~10分程度で、50~300尾ほどであった。
さらに水槽内に多量のビンナガの収容は、魚体の大きさにもよるが、観察に困難な為に、少なくも2尾を限度とした。
なお、収容中、水槽内の環境は、水温18.7℃~20.2度、塩素量19.09~19.31‰であり、この環境範囲はビンナガの漁獲時とほぼ同等の値であった(Fig.7)。
また、夜間時には、カツオ・キメジの飼育の例(井上ら;1967)を考慮し、予め水槽内中央部の水面下約10cmの所に水中灯(100V,60W)を垂下点灯した。
本実験において、ビンナガの生存時間の判定には、供試番号1~4の魚に対しては、ビンナガが遊泳力を完全に失い、水槽底部に横転した時刻をもって死亡とした。
その他の死亡時刻は、鰓蓋運動の停止をもって判定してある。
前者の場合、ビンナガの鰓蓋から流出する血液および体表から脱落した粘膜によって、海水が極度に濁るため、その後の収容に大きく影響するおそれがあったからである。
Ⅲ 観察結果
1 採集時および収容初期におけるビンナガの行動
ビンナガの採集は、竿釣りにより、釣針に反しのある餌釣りと、反しのない擬似針を用いた。
いずれの場合も収容に至る間のビンナガの動きは大きくみて①狂乱状態、②全く静止、③その他、の3っに区分できる。
①の状態のビンナガは、針を外す作業および水槽に収容するまでの輸送作業の際にハンドリングが多くなり、その結果作業中に鰓蓋から出血を見るものもあった。
これらのビンナガを水槽に収容すると、その瞬時から無方向に直線的な鋭い動きを呈し、水槽側壁と激しく衝突した。衝突すると、その程度にも影響するが、一般的に瞬時に動きが停止し、方向を変え泳ぎ始めるか、あるいは、側壁に吻端を接触しながら遊泳旋回した。
また、顕著なものは、一時遊泳力を全く失い、腹部を返しながら、水槽底で静止し、横転した。
しかし、この静止状態は2~3秒間であり、その後再び遊泳を始め鰓蓋あるいは吻端から血液を流しながら、直進・衝突・横転を繰り返した。
このような魚は、早いもので1~2分で完全に遊泳行動を停止し死に至った。
③のビンナガは輸送作業中に魚の眼球を手で被うと、ビンナガの動きが柔らぎ水槽収容後は、先の②のビンナガの動きと同様な経過をたどった。
すなわち、収容後一定の円軌跡、あるいは、一定の遊泳速度を持って旋回運動を始めた(Fig.4)。
収容初期における、これら②、③のビンナガは、井上ら(1967)による、キメジの船上飼育実験の初期に見られる神経質な動きを全く示さなかった。
一方、同じ条件下で収容したカツオは、収容直後に①のビンナガ以上に狂奔して遊泳し、側壁と強く衝突し、この際、眼球が突出したものも一例あった。
このようなカツオは全て5分以内で死に至っている。
水槽内におけるカツオの収容時の行動については、すでに井上ら(1967)、Nakamura(1972)により詳しく報告されているのでここでは省略するが、これらの報告と大きく異なるものでなかった。
このように、ビンナガの収容初期の動きを3っに大別した。そして、②、③の魚は収容初期から安定した円遊泳の行動を呈し、いずれも比較的長時間にわたり生存させることができた。
2 水槽内における生存時間
水槽に収容したビンナガ10尾および比較上カツオ5尾の生存時間の結果はFig.5に示す。
この図から明らかなように、10分間以内で死亡したビンナガは、6尾であり、他の4尾は5時間以上生存できた。
最も長く生存した2尾は、19時間30分、次いで18時間20分であった。
収容後10分以内で死に至ったものと、5時間以上生存したビンナガは、いずれも採集初期の魚体の動態によって明らかに生存時間の長さが決定されよう。
比較的長時間生存した2尾のビンナガ(魚体番号5,8)は、両者において、収容方法に大きな差異があった(Fig.5)。
すなわち、1尾は全くハンドリングすることなく、他の1尾はハンドリングをしたものである。
しかし生存時間の結果から見ると、採集方法の異なりによって、その後のビンナガの生存時間に差異は認められなかった。
換言すると、この程度の生存時間の範囲内では、軽度のハンドリングの有無はビンナガに大きな影響を与えていないことになる。
また、魚体番号12のビンナガでは、暗夜条件下での行動・生存時間を眺るために、夜間水槽内の水中灯を点灯せず、また水槽付近にある船上灯の光線の入射を避けるために、キャンバスシートを被った(Fig.5)。
この暗夜条件下では、ほぼ1時間で死に至った。
この主な要因は水槽内が暗くなる事によって、側壁の視認が低下するためと見て、その結果側壁との接触・衝突による死亡が考えられる。
このことから、夜間の狭い水槽内でのビンナガの飼育・長時間生存には、日没前からある程度の照明が必要なものである事がいえよう。
死亡したビンナガを水槽から取り出して観察すると、10分以内で死亡した魚体の外観は、一般に前鰓蓋骨、間鰓蓋骨、鰓蓋骨および胸鰭上部に擦れのためと思われる表皮の剥がれが顕著で、しかも、吻端には側壁との強い衝突による裂傷が認められた。
また、比較的長時間にわたり収容できたビンナガでは、前述の表皮の剥がれの他、原鰭前後部、尻鰭基部ならびに周辺に赤く充血の跡が見られた(Fig.6)。しかし、吻端に認められる外傷は、短時間で死に至った魚体ほど顕著に表れず、吻部が軟化した程度であった。
このことは、長時間生存したビンナガは、泳力の消耗が著しく、その結果、側壁との衝突の瞬間における強さが弱められているためと思われる。
以上の点から、ビンナガの生存時間に影響をおよぼす諸事項をまとめると、採集時のビンナガの動態および夜間時における照明の有無が考えられる。
したがって長時間飼育を目的とするためには、水槽収容直後の側壁との強い衝突を避けるものとして、採集時に狂乱動態の比較的小さい魚を抽出し収容する。
次に夜間時の点灯により、側壁との接触・衝突を避けることであろう。
また、本実験では、採集収容当時の魚体の傷による影響は明らかでなかった。
3 水槽内における遊泳速度
水槽内のビンナガは通常、他のカツオ・マグロ類の飼育例と同様に、円軌跡を描き遊泳した(Fig.7)。 回転軌跡の直径は、最大1.2m、最小で0.75m、平均0.975mであった。
ここで1分間におけるビンナガの旋回数から飼育経過時間ごとに水槽内のビンナガの遊泳速度を計算した。
この結果はFig.8に示す。 これによると、最高2.2kt、最低1.2ktの速度で遊泳したことになる。
そして、両ビンナガとも水槽収容後は早く遊泳し、その後、ある程度の時間まで速度を低下する傾向が認められた。
このことは、ビンナガが水槽内の飼育環境に対して慣れのため生じたと考えられる。
さらに、日没後、点灯の有無にかかわらず遊泳速度は増大している。
しかし、この2尾だけの資料では明らかでない。
他のカツオ・マグロ類の遊泳速度を比較のため既往の研究結果からまとめ、Table2に示す。
水槽内における報告から眺ると、本実験のビンナガの速度1.2~2.2ktは比較的速い値となる。
しかし、各供試魚の体長を比べると、本実験のビンナガは、水槽の大きさにもよるが、前者よりも体長で10~40cmほど大型であった。 Yuenの海洋中での観察(1966)によると、海洋中のカツオの遊泳速度は体長に比例すると述べている。 このことから、水槽内におけるビンナガの遊泳速度は、キメジ・ハガツオ等と比較して、一般的に遅く遊泳していたことがうかがわれる。
4 水槽内におけるビンナガの遊泳行動の観察
採集時に狂乱状態を示さなかったビンナガは、収容後直ちに水槽の底部に位置し、しかも、側壁から10~35cmの間隔を置きながら円軌道を画く泳ぎを始めた(Fig.9)。
Fig.9 水槽内のビンナガの遊泳
遊泳中のビンナガは、第一、第二背鰭に速度に見合った角度をもたせ、旋回中は回転方向の内側の胸鰭を外側のそれよりも比較的角度を大きくもたせ(Fig.10)、推進力として尾鰭部におって、離鰭を巧みに動かしながら遊泳した。
Clemens(1956)の観察した、スマ;Euthynnus幼魚は、遊泳中、第一背鰭を背溝内に納め、興奮時および索餌の際の減速時のみ立てると述べている。
このことから、終始第一背鰭を立てていたことは、いかに本実験のビンナガが、水槽内でゆるやかな速度で遊泳していたことが判断されよう。
また、ビンナガの最大の特徴である長い胸鰭は、Magnnson(1970)によるスマの動きと同様に、胸鰭を推進力として動かしていない。
したがって、長い胸鰭は、一般的に水平翼として上下左右の運動方向を調節するためのものであると考えられる。
そして、富永(1965)は自然界の観察から、ビンナガの胸鰭の作用は水流に魚体を水平的に維持するものであるとした。しかし、注水ホースからの流勢を利用し水槽内に0.3~1.3ktの水流を一時的に作ったところ、前述のごとき動きは見られず、また、水流に対しても定位しなかった。
遊泳時の回転方向は一定でなく、1時間の中でも数回にわたって不規則に方向を変えた。
方向転換の瞬間には、両胸鰭を大きく拡げ、極度に速度を低下し、水槽の角に吻端を接近させながら頭部を上に起きあがり、転換方向に大きく魚体を曲げた。
同時に転換方向の内側の胸鰭を開き、外側のそれを体側に付けて反転した。
また2尾同時に収容した実験では、互いに旋回方向を異にし、同一方向に回転した時間は極めて少ないものであった。
日中の収容時に水槽内に明暗部を設定した(Fig.11)。 明暗部を有する水槽内でのビンナガの遊泳は、明部に沿う傾向があることが観察された。
これは、水槽が極めて小型であること、また、飼育時間が短い、などにより断定はむずかしいが、夜間の懐中電灯(3.8V,1.9W)の光線下に寄ってくることから判断して、井上ら(1970)の述べるクロメジに、正の趨光性の点で類似した動きであると考えられる。
また、夜間に水中灯を使用しなかった供試魚(魚体番号12)では、船上灯の光線の入射を避けるために、水槽をシートで被い暗夜の状態にした。
この直後のビンナガの動きは、側壁との接触・衝突が激しく、方向を全く見失っていた。
しかし約5分後には慣れによるものか、再び円軌道を描いて遊泳するようになった。
このことは、遊泳速度の項で述べたように、ビンナガが飼育環境に対し慣れることを現している。
このように、暗夜条件下での遊泳は、昼間時よりも大きな円軌道を示すが、側壁との距離は極めて狭いもので、ほとんどの位置で胸鰭の先端を側壁に接触させさがら、アンテナの役目を果たしているものか、円遊泳をした。
収容中吻端をしばしば水槽側壁に打ち、時として横転する場合も見られた。
また、体を斜めにして吻端を水面上に出し、いわゆる「鼻上げ」の状態を呈した(Fig.12)。 井上ら(1967)の飼育によるキメジの死亡の前兆、あるいは、鈴木ら(1975)によるカツオ・クロメジ・ソーダガツオなど、一旦状態不良となった固体に回復の見込みはほとんどない、との報告がある。
しかし、ビンナガはこれらの現象とは異なり、その後、10時間以上生存していたことになる。
死亡直前には急に直線的な動きをとりその結果水槽側壁との衝突頻度を増し、水槽の角に吻端を接触させながら水面に浮き上がり、口部を露出して開閉運動を行った。
そしてこれらの動作を繰り返し、遂には水底に横転し、次いで鰓蓋の運動を停止して死に至った。
このような死に至る経過は、カツオ、キメジ、クロメジなどの飼育例とほぼ同様であり、カツオ・マグロ類の共通した経過をたどっている
Ⅳ 議論
本実験では、ビンナガを19時間30分および8時間分にわたり活魚収容し、この程度の時間であるならば、輸送可能であることを示した。
カツオ・マグロ類の飼育の難易の順位に付き、井上ら(1967)、鈴木ら(1972)によると、困難と思われるものから、カツオ-ハガツオ-ソウダガツオ-クロメジ-スマ-キメジの順であると考えられている。
Nakamura(1972)によれば、大型水槽(7.2×1.2m)によって、キメジ・メバチを5~8ヶ月飼育した記録がある。
ここで本実験で試みたビンナガ・カツオの飼育の難易さを比較してみると、Fig.5の生存時間から明らかなように、ビンナガは比較的カツオよりも飼育が容易であると考えられる。
そして、井上ら(1967)により、キメジ体長32~40cmのものを直径1.5mの円形水槽で、19時間生存させており、本実験では、使用水槽の大きさとしてはほぼ同様であるが、ビンナガは体長48~55cmと大型であった。これらのことから推すと、飼育の容易な事はキハダに準ずるものであろう。
魚類の長時間飼育の難易は、上柳ら(1971)、鈴木ら(1975)によれば、魚類により深部血合肉の発達の度合に関係し、カツオ・マグロ類のような血合肉の多い魚類は、他の養殖可能な魚種に比べて飼育が困難であると指摘している。
この点、マグロ類の中で、白肉の多いビンナガは、他のカツオ・マグロ類よりも比較的飼育が容易であると判断されよう。
今後の課題は、ビンナガを陸上水槽で長時間飼育し、行動・生態観察をすることである。
この場合、次に述べる諸点を改善すれば、実現は可能であると考える。
すなわち、井上ら(1967)、Nakamura(1972)、鈴木ら(1972、‘75)が指摘しているように、他のカツオ・マグロ類の場合と共通し主に輸送・飼育水槽の大型化であろう。
例えば、軽量でしかも角がなく遊泳面積の大きなドーナツ型水槽が考えられ、夜間に、ビンナガの正の趨光性を利用しドーナツの中心に照明を置き、魚の遊泳を中心に沿わせ、外壁との接触を防ぐものである。
この水槽により、死亡の重要な要因である衝突を防ぎ、同時にビンナガの遊泳速度を上げ、濾水量不足による窒息死を減少せしめる。
また、本実験では、収容時間が極めて短かったため比較は出来ないが、採集具、方法の改良により、魚体の外傷を最小限にとどめ、さらに、早期の餌付けにより、飢餓死を防ぐ。
そして、ビンナガの場合は、浅野(1964)の報告によれば、東北近海に体長25~30cm程度のビンナガ当歳魚が8~9月に来遊するとしている。そこで、この期の小型ビンナガを抽出し、採集時に状態不安定な魚を避け、さらに、上述のような水槽を用いることにより、ビンナガの長期間飼育は可能であると信じるものである。
Ⅴ 要約
1976年6月に三重県所属第31盛秋丸の船上において、小型角型水槽(1.6×1.4×1m)容積2.3tに、ビンナガ(体長48~55cm)およびカツオ(体長48~51cm)を収容し飼育を試みた。
この間、生存時間、遊泳行動などを観察し、次の結果が要約される。
1 船上水槽において、最も長いもので19時間30分、次いで18時間20分ビンナガを収容し飼育することが出来た。
2 この間のビンナガの遊泳速度は、1.2~2.2ktであり、魚体の大きさから判断し、他のカツオ・マグロ類よりも比較的ゆるやかに遊泳していたことが判明した。
3 採集時に状態不安定なもの以外のビンナガは、収容直後から安定した円遊泳の行動をとり、水流に対して定位することもなかった。また、正の趨光性を呈した。
4 直接の死亡原因は、水槽内の照度に関係し、衝突によるものと考えられる。
5 ビンナガはカツオや他のマグロ類と比較し、飼育が容易であることが考察された。
6 今後、飼育水槽の完備、対象となる小型ビンナガの抽出により、長時間飼育の可能性が考えられる。
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