エサと餌料と飼料
養殖事における製造原価の7割がエサ代であると、先の有路近大教授は述べていた。
ウナギの様に種苗が異様に高額な対象物や、プラント設備に多額の投資を要する特殊な陸上養殖を除いて、7割という数字は多少なりとも誇張はあると思うが、換言すると、人件費を含めたその他の経費を極限まで切り詰めた、いいや切り詰めなければやっていけない、結果の数字の様に思う。
そして、エサ代を圧縮せしめる方法の一つに、より成長が早く疾病に強い魚に改良する「育種」という技術の促進を促した。
ブリ養殖に関しては、この他「依存していた天然種苗が獲れなくなってきた。」という問題があるらしいがこの議題は今回省くことにする。
図1
先の図1では、ノルウェーサーモンはエサ1kで1kの魚が出来るのに対し日本ブリは0.3Kしか生産できないという。
この表現をNHKが使ったのには意味がある。
この業界では、
飼料効率(%)=生産量(増肉量)/与えたエサの量×100 を使うか、
増肉係数=与えたエサの量/生産量(増肉量)
の何れかで表すのが一般的である。
図1の場合、サーモンの飼料効率は100%ブリのそれは30%、増肉係数はそれぞれ1と2.5~3.33の値になる。
飼料効率の数字は研究者レベルでよく利用されているが、養殖のほとんどの現場では増肉係数を使用する。
つまり1tの魚を生産するのにどれくらいのエサが必要かの計算がすぐに出来き、さらにその回答にえさの単価をかければエサ代が直ぐにわかるという理屈。
「エサ1kでブリ0.3K」ではピンと来なくても、「ブリ1k作るのにエサ3.4k」を一見した視聴者は「そんなに!」と悲鳴を揚げたかもしれない。
この番組では、「エサ」に関する不都合点に一切触れたくないようであったから、表示方法に苦慮したに違いない。
さて、いよいよ「エサ」に触れなければいけなくなった。
番組出演中のサーモンあるいはブリに与えている「エサ」とは何か?である。
HKは番組中ついにカタカナの「エサ」で押し切ったのには意味がある。
魚を飼育する際に与える「えさ」は、現在「餌」・「餌料」・「飼料」の三つに分類されている。
それぞれの定義を調べると様々な見解にいきついてしまう。
①飼料(しりょう)とは、家畜、家禽、養魚などの飼育動物に与えられる餌をいう。主に、養鶏や畜産など事業として飼育される家畜に与える餌を指すことが多く、養魚用は「餌料(じりょう)」と呼び区別することがある。―ウイキペディアより―
②養殖に使われるエサは「餌料(じりょう)」と「飼料(しりょう)」に分けられる。「餌料」とは、生や冷凍の小魚をそのまま与えるエサのこと、「飼料」とは人工のエサのこと。ー中平博史 全国海水養魚協会 専務理事「養殖ブリの餌とは?種類や与え方が知りたい」YUIME Japan編集部 / 2022.11.25 よりー https://yuime.jp/post/bigin-aquaculture-yellowtail-feed
③『飼料』とは、生き物を飼育するために作られた合成資材のこと。『飼料』は成魚を飼育するためのエサで、孵化したばかりの稚魚のエサにはならない。
これに対して『餌料』はエサになる生物そのものを言います。乾燥製品を指すこともありますが、一般的には生きている生餌 が『餌料』。
自然界ではすべての稚魚がこの生餌を食べて大きくなる。『餌料』は稚魚を飼育するためのエサ。ー餌料生物について (plala.or.jp) http://www8.plala.or.jp/wamushiya/aboutjiryou/aboutjiryou.htm
④餌料は養殖魚介類に与える食物を呼ぶ習慣があったが,配合飼料の普及とともに,自然界に存在するものを餌料(天然飼料)と呼ばれるようになった。
魚の養殖に使われる鰯やこうなごなどは生餌(なまえ)と呼び,積苗に与える輪虫やアルテミアなどのプランクトン類は生物餌料と呼んでいる。ー(畜産の研究第 62巻 第 10号 (2008年):株式会社 養賢堂 飼料学 (52) 熊倉克元本 ・ 石 橋 晃..ーhttps://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010762722.pdf
等など様々な言い分がある。
念のため、角川漢和中辞典で「飼」を紐解くと、
シ か 食べさせる意をもつ。飼う 飼い葉
字義a.やしなう。人に食を与える。
b.かう。動物を飼い養う。
「餌」は、
ジ え もと米の粉で作った団子のこと。
後にもっぱら飼に通じて用いられるようになった。
字義a.食物の総称。
b.動物の飼料。
c.魚をつるえさ。
d.人を誘い出すためのあてがい物。
e.くわせる。⑥利をあたえて人を誘う。
f.もち・だんご。
g.肉の筋。
と記載され、文学的には「餌」の方が使い勝手が多そうだ。
いよいよ判らなくなったので、日本の水産研究機関の総元締めたるFRA(国立研究開発法人水産教育研究機構)の見解を尋ねると下記回答が広報担当者から返って来た。
餌料:動物プランクトンや植物プランクトンなど生きているものをエサ(生物餌料)とする場合に用いています。 例えばワムシ(輪形動物)からアルテミアをあたえる「餌料系列」はこうなりますとかの表現です。
飼餌料:稚魚を育てるときに生物餌料と配合飼料を与えて育てるとき。例えばワムシ(輪形動物)からアルテミアをあたえ、日齢40日から徐々に配合飼料に餌付けして育てる場合などは「飼餌料」と表現。
飼料:生きていないえさ、例えば魚粉由来の配合飼料などはその一つ。ウナギを養殖するために魚(すでに死んでいる冷凍魚や乾燥魚粉)由来の飼料を与えている。などです。
私は②の<「餌料」とは、生や冷凍の小魚をそのまま与えるエサ、「飼料」とは人工のエサ>を支持している。
で、何が言いたいかというと、図1の「エサ」とは果たして「餌料」なのか「飼料」なのかということ。
人工の餌とは、魚粉を主体にその他の栄養素を混ぜあわせ成型後乾燥した、いわゆる配合餌料をさす。
家畜は空気中で摂取するので粉末でも構わないが水棲生物には水に溶解しないような工夫が必要になる。
先ず、魚その物や人が食べた残りの頭や骨・内臓等を乾燥して微粉砕した粉(魚粉)がある。
生の魚貝類のミンチにその魚粉と油脂やミネラル剤を混ぜ合わせて粒状に丸めたものを、モイストペレット(MP)と呼びんでいる。
次いで、魚粉に同じく油脂やミネラル・増結剤そして水を加えてねり合わせ造粒機で押し出し乾燥したものがドライペレット(DP)。
さらに、エクストルーダーと呼ばれる造粒機械を用いて、高温かつ高圧で押し出して造粒し、乾燥したものをエクストレーダーペレット(EP)と呼んでいる。
EP飼料は観賞魚用の餌にも使われていて、我が家に6年暮らしている全長25㎝を越えた東錦(金魚の品種)はこの製造法で造られた「浮上性」のペレットを毎日食べている。
でんぷん質を消化しやすいα化にすることが出来、多数の小さな穴が空いていて水面に浮かせたり、沈降速度をコントロールすることが出来るため食べ残し等のロスが少なく現在最も優れたエサといわれている。
話を元に戻そう。
結論から言うと、図1で使用されている「エサ」とは、最も餌料効率の高いEPなのである。
配合餌料(マッシュ・DP・EP)は変質・腐敗しないように乾燥させているので水分は極わずかである。
そこで、単純に「EP(飼料)」量を「生餌(餌料)」量に換算すると、
餌料重量=配合飼料重量/{1-0.7(生魚の水分含量)}となる。
これを、図1の「えさ」量に当てはめると、サーモンで3k、ブリで8.4~11.1kになる。
増肉係数で言えばサーモン3,ブリ8.4~11.1だ。
この数字をNHKの示した図1の表現に改めると、「1kの餌料でサーモン91gの成長」あるいは「1kの餌料でブリ27g~37gの成長」となる。
こんな数字を一見した国民は「そんな不効率なことやめてしまえ!」と怒るに違いない。
ちなみに、私が長年養殖に携わっていたクルマエビの場合、増肉係数はDPで3、生餌においては15が標準であった。
本来ならばここから「飼料」主原料の魚粉の現状について論点を移さなければ報道の着地点に到達しない。
今回、NHKは「エサ」と云うカタカナを餌にしてその後の議論から上手に逃げたと言える。
なぜならば、魚粉のほとんどが人が摂食可能な天然魚から生成されているからである。
これが私がかねてから発言してきた「魚介類養殖は歩留の悪すぎる水産加工」たる現状なのだ。
食料危機が叫ばれ、年間7億人超の人が飢餓に瀕している状況で、人体の成長・維持だけを考えた時、イワシ肉11キロを加工してブリ肉1kに換える行いは、一部の美食家を満足させるだけの愚行に位置付けられてしまうだろう。
番組内で、『「エサ」の値段が上昇中』のとの発言があったが、その理由は、魚粉の原料たる天然資源の減少ばかりでなく、日本・ノルウェーだけでなく今や世界中の国々が魚貝類養殖用の飼餌料を求め、買い集めているからに他ならない。
この議論を全く敬遠してNHKの報道番組が終わってしまったのはまことに残念なことだ。
だが、当然水産経済に携わっているすべての良識者は早くからこの問題を周知して、その解決に努力している。
魚粉に委ねているタンパクを植物由来に置き換える事はもちろん、食魚から生じた残滓(頭・骨・内臓等)の利用、など既に実用に供しつつある。
私の勤めていた魚の加工場でも20年程前は残滓を廃棄するために廃棄料を支払っていたが、いつの間にか1円/1kで買い取るという業者が現れ、やがて競合業者が出現するたびに買い取り値が上昇していった。
行先はもちろん飼料製造工場。
この様に、養魚用の飼餌料を取り巻く地球的環境を指摘することなく、養殖業の餌料費にかかるコストダウンの方向を魚自体の性質の改良という「育種」一言で片付けてしまったことは重ねて残念な事である。
植物由来のタンパク100%の飼料で魚が養える様になるのが当面の課題となっていて、既に魚種によっては実験に成功していると聞く。
しかし、その大量なタンパクを作り出す為の農地や水、気温、日射量は充分なのか?
既存の農業経済の妨げにはならないのか?
疑問が生じる。
グローバルな考え方で一つ私的な提案がある。
魚貝類の種苗生産の基本的技術の一つに、植物プランクトンの培養がある。
植物プランクトンは孵化直後個体の直接の餌になる場合もあり、さもなければ二次的に動物プランクトン培養の餌料になる重要な生物であって、この培養の成否が種苗生産事業全体の成否に繋がると言っても過言ではない。
すなわち、食物連鎖の底辺に位置する生物。
植物プランクトンの「種(たね)」はそこいらの海水中にいくらでも混在している。
種「しゅ」にこだわらなければ海水を汲んで施肥を施し、明るいところに置いておけば「たね」は数日で細胞分裂を繰り返し、海水に色をつけるほど繁茂する。
ほとんどの魚の初期餌料に利用されているシオミズツボワムシの餌になるクロレラの培養も、クルマエビのノ―プリウスからゾエアに変態後の最初の食べ物である珪藻の培養も、1tの海水に対し硫安100g・硝酸カリ15g・尿素5gの農業用肥料を、海水に溶解するところから始まる。
自然界では、繁茂した植物プランクトンを食べる動物プランクトンが増え、その動物プランクトンを食べる小魚が増え、小魚を食べる大きな魚が増える。
この考えを応用して私は、瀬戸内の塩田跡の池に海水をたたえ、肥料を撒き、そこにその閉鎖環境の食物連鎖の頂点であるトラフグの孵化仔魚を放し、数百万尾を養殖種苗として流通するサイズまで、勝手に成長させることに成功している。
サンマや鮭鱒類に代表される北方系の魚の激減原因は特に稚魚期の餌の減少が原因であると云われている。
地球の温暖化に伴い、海水面の急激な冷却が緩和され、水温による上下比重の逆転から起こる対流が抑制されることによって、栄養塩を沢山蓄えている深層水の表層への浮上がなくなり、表層の食物連鎖の底辺たる植物のの増殖が失われている結果だと私は考えている。
沿岸海域においても、半世紀前には、人の営みによって流れ込んでいた汚物の垂れ流しによって赤潮の被害を被るほど沿岸海水は冨栄養化していたが、それでも干潟の砂を掘ればアサリが沢山獲れ、沿岸漁業は潤っていた。
いま、流入河川の浄化システムの進歩によってなるほど海は清透な海水に満たされるようになったが、果たして食物連鎖の底辺に供給すべき栄養塩類の欠乏を、ただ招いているのだけなのかも知れない。
気象庁HPより拝借
水産は農業よりうん十年遅れていると、かつて京都大学の先生が、おっしゃられていた。
荒れた大地に肥料を撒くように、資源の乏しい海域に施肥をしたらどうだろう。
まず、オホーツク海流樺太沿岸海域あるいは親潮上流の千島列島東部海域から実証実験を始めてほしい。
褐色に混濁した潮の流れが、網走から知床半島へ、根室から東北沿岸に、達するのを心待ちにしよう。
どこかで検討されているのだろうか。
FRAで貫禄不足ならFAO(国際連合食糧農業機関)に持ちかけるべきか。
2023/11/27 升
参考文献:高知大学 水族栄養学教室ブログ
水族栄養学研究室のBlog2 (kochifishnutrition.blogspot.com)
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