カテゴリー「ペットなお話」の16件の記事

2018/05/13

野鳥のお庭

 数年前、自宅前の路上で拾ったシジュウカラのヒナを保護し、野生に返したことがある(こちら)。
 
  その後、毎年、梅の木の枝先にヒマワリの種を入れたペットボトルをぶら下げて置くことが、我が家の冬の風物詩となった。
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 粟や稗を混ぜ合わせた餌には、スズメやメジロ等が集まってくる。
 ヒマワリの種に反応するのはシジュウカラだけで、木枯らしが吹くころから春一番が吹くころまでの間、毎日やってくる。
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 虫が飛び始める陽気になると、いっさい寄り付かなくなるのが例年だったが、今年は違った。
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 3月下旬、一羽のシジュウカラが盛んに巣箱に出入りを繰り返している。
 数年前に手作りでこしらえたまま一度も利用されずにいた巣箱だ。
 一週間ほど出入りを繰り返しやがて忘れたように消えていた。
 
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 ところが、この連休明けからなにやら騒がしい。
 私や家人が庭先に出ただけで、木の上から「ジュク ジュク ジュク」と地鳴きの声が聞こええ、警戒している。
 窓裏からヒッソリとみていると、何かをくわえた彼らが頻繁に出入りしている。
 やがて、彼らが巣箱に入ると中から一斉に「ピーチク パーチク」騒がしい。
 子育て中に違いないと思い、写真も撮らずに無関心を装っていたところ、
一昨日の朝、唐突に親鳥も「ピーチク パーチク」も消えた。
 無事、巣立ったのにちがいない。
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 奴らがいなくなったので、しばらくぶりに庭仕事に出た。
 トマトとキュウリの苗を植え、日当たりが悪いので、巨木と化している実生柑の樹上を刈り落した。
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 直径6センチ程。
 名立たる職人が作ったと見まがうばかりの芸術品が枝に括られていた。
 調べたらメジロの巣のようだ。
 巣立った後ならいいのだが。
2018/5/13 舛
 

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2016/01/16

ツイッピーのいた夏、そして冬

 何年か前ふと思いついて、私が産れる前から庭先で生き長らえている梅の古木に、杉の粗材でこしらえた鳥の巣箱を架けた。記憶では、一辺2.5センチ位の四角形の出入り口を施こした箱で、雀ほどの小さな野鳥しか入れない設計である。

 その箱に、この春初めて、家探しの客が訪れているのを目撃した。オナガドリをミニチュアにしたような鮮やかな色模様のお客様は、カップルで訪れたのにも拘らず、どういう訳か入れ違いに室内を視察した後、しばらく近くの梢で何事か囁き合っていたのだが、やがて連れだって何処かに飛んで行ってしまった。

 物件そのものが気に入らなかったのか、環境がバツだったのか、不入居の理由はいまだわからない。

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 そんなことさえ忘れていた五月のとある日暮れ時、近くに住む孫が学校帰りのランドセルを玄関先に放り出しながら私を呼んだ。

「じいちゃん。ヒナがいるよ!どうする?」

 陽菜(ひな)は4歳になるもう一人の孫の名だが、

「ちがう、ちがう、鳥だよ、鳥。鳥のヒナだよ!ねえどうするの?」

玄関先の砂利道の真ん中でうずくまり、そいつは天空を見上げ、ビビビビビッとケタタマシク鳴いていた。見逃せば、車に踏み潰されるか猫の餌食になるか、としか思えない状況。春先に見かけたつがいと同じ形体を持った幼鳥は、人差指を近付けると小さな首を傾けながらも、チョコンと乗ってきた。

それが始まりだった。

 

以前、雀のヒナを殺してしまった経験でこの手の動物の生死に温度が重要なカギを握っている事を知っていた。

取り急ぎ、小さな発砲スチロールの箱に5センチ程水を張り36℃にセットした観賞魚用ヒーターを投入して温め、その上に去年カブトムシが入っていたプラボックスに丸めたティッシュを敷いて固定して簡易保温巣とし、幼鳥を収容した。

ビビビビビッと余りにもケタタマしいのでこれも観賞魚用飼料の乾燥赤虫を水で戻しピンセットで口元に近付けるとあっという間に呑みこんだ。

雀より一回り小さく、頭は総じて黒い羽毛に覆われている。目から下のホッペタと首の後ろがポッカリと白く抜けている。

喉下から白い腹の中心を尾部に向かい黒墨で滲ませた様な一筆の線がはしっている。背中はウグイス色とも窺える淡い青色で、畳んだ翼にはいく筋かの白線が織込められている。よく見ると、白い綿毛がまだ抜けずに残っていたり、ホッペタには僅かな黄色が浮かんでいる。幼鳥なのだ。

雀よりやや長いかなと思われた脚は背中と同色で、嘴は黒。嘴の根元のオバキュウ部分は濃い山吹色に縁取られ、近寄るとそれが裂かれんとばかりに大きく開かれ、ビビビビビッとケタタマシク鳴く。

春先に見かけたつがいと同じ形体を持った幼鳥の氏素性をインターネットで調べた結果、私は戦慄した。P5180521_2

鳥獣保護法。違反をすると1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられる。
 法律で守られ、殺しても獲っても飼ってもいけない動物を左手の人差指に乗せて家の中に連れてきてしまった私は犯罪者なのか?

 いいや、成鳥になると「ツイッピー」とさえずるらしいその野鳥のヒナを私は一時保護しただけなのである。飛べるようになるまで成長したら自然に返せば良いのだ。そう思い、「保護」に必要な餌等を調べ購入し与えた。

餌は7分(植物性タンパク10:動物性タンパク7)の粉末に新鮮な小松菜をすり鉢ですった物で練り、注射器様の器具(商品名「育ての親」)で奴の喉奥に押し込める。

だけではなく、ミールワームという気色の悪い物を与えた。ミールワームと云う単語は観賞魚飼育歴20年の私も初耳で、それはペットショップの鳥類コーナーの片隅にひっそりと陳列されている。缶詰と生体の2種類があり、プルトップを引き上げると蒸しイモ虫がゴロゴロ詰まっているのが缶詰で、生体は容器に満たされたオガクズの中に小麦色のイモ虫がウジャウジャと蠢いている。何れにしても普通の神経を持ったお方にとって愉快な代物ではないのだが、すり餌等より奴は遥かに好んで食べる。ビビビビビッの一鳴きで5匹はペロッといく。

飛べるようになるまでと決めて「保護」を始めた二日目の夕方、帰宅すると奴が巣箱にいない。落ちたのかと床を探っていると天井からビビビビビッが降り注ぐ。カーテンレールの上にチョコンと摑まっているからにはそこまで飛翔したとしか思えない。

そう奴は既に飛べるのである。だが一人で餌を獲れるだろうか?

一人で餌を獲れるまでに仕上げてやって始めて保護成功と云えるのではなかろうか?

カーテンレールの下がフンだらけになっていたので、取り急ぎ、風呂場に居住区を移動、金属のタオル掛け等を竹竿に換えとまり木とし、飛翔を自由にした。

 なんとも贅沢な鳥かごに住まっていても人の気配を察知するとビビビビビッの繰り返しは変わらない。風呂桶の蓋の上に練り餌とミールワームを入れた皿を置いていたが相変わらず自分で餌を採る気はない。日が暮れて辺りが暗くなると寝てしまうのが自然の摂理なのかとまり木の何処かに掴まったまま丸くなっている。このままでは夜間の入浴が困難になったので0.3Wの超小型電球色LED照明を取り付け、眠る鳥の下でひそやかに湯舟に浸かる。P5270538_2

 3日ほど経過すると皿に入れたミールワームを自分で採るようになり、いよいよ放鳥を決意した。竹製のメジロ用鳥籠を購入して鳥を収容し、ヒマワリの種や砕いたピーナッツそれにミールワームの活きた奴等の大好物と水を入れ、軒先に吊るし、一日様子を見た上で鳥籠の門扉を開放した。

P5270528_2 奴は始め門扉の上にとまり戸惑っていたがやがて飛翔して一番近い梅の古木の一枝にとまりビビビビビッ!と鳴いた。近づくとバサバサと羽ばたいて私の頭にとまる。手を回せば指に掴まり餌を貰ってまた違う枝に飛んでいく。一日我が家の狭い庭から離れることなく日が暮れた。日没になっても鳥籠に戻らないので籠の上に例のLEDを付け夜間の御帰還に対応した。

 夜明けを待ちかねて軒先の籠を訪ねてみたが帰還した様子はない。はては野に帰ったかと思いきやビビビビビッ!が聞こえる。どうやら庭先の梅の小枝で一夜を明かしたようだ。ピーナッツとミールワームをたっぷりと与え私は勤めに出た。

 それが最後だった。

猫に食われたのか大空へ戻って行ったのか定かではないが、鳥籠にはいつ奴が戻ってもいいように活きたミールワームと水の用意を忘れない。

そして、その日の夕方からわたしは空を見上げる習慣と鳥の鳴き声に敏感な耳を持つ体になってしまった。

 

 奴の姿と鳴き声を失ってからふた月ほど経ったある日、軒先にぶらさがったままの鳥籠をふと覗いて驚いた。ミールワームを入れておいた小皿の中で小さな甲虫が群れ蠢いている。ツイッピーが戻らないままいつの間にか脱皮を繰り返し蛹から羽化したミールワームのおぞましい成虫の群れに違いなかった。

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鳥の鳴き声には二種類あるという。一つは繁殖期の♂が鳴く「さえずり」で、いま一つは「地鳴き」といい季節と雌雄を問わない鳴きかただ。ツイッピー=四十雀の場合、甲高くツイッピーとかツツッピーを繰り返すのがさえずりで、ジュクジュクジュクとやさしく聞こえるのが地鳴き。

ツイッピーを見かけなくなってから幾度もジュクジュクジュクを耳にしていたから付近に間違いなく四十雀が定住しているはずなのだが、姿が見えない。なんでも一匹の四十雀が獲る虫は年間10万匹にも及ぶらしく、夏の間は濃い緑に覆われた葉陰の向こうで、虫を求め飛び回っていたに違いない。

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 飛翔昆虫が希薄になる冬になった。バードフィーダーの季節。

 ペットボトルに細工をしてシジュウカラが大好きなピーナッツとヒマワリの種を入れつぼみが膨らみかけてきた梅の木の枝にぶら下げた。

 いつの間にか餌が無くなっている日が続き待つこと三週間、レンズの前についに現れた。P1160611

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2013/01/20

たんぽぽのお浸し

 

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大雪が首都圏の交通を滅茶苦茶にしたこの冬の時期、私はタンポポの採集に追われている。

近所を自転車でうろつくことおよそ30分、今日の成果は路地裏の室外機の陰でごみにまみれた一株のみ。

幾多の犬の小便を浴びたのであろう青々とした逸品である。

 

睡蓮鉢に入れたアカヒレとミナミヌマエビを室内水槽に回収し室温で越冬中、昨年末になって一尾のミナミヌマエビが抱卵した。

この種のメスは交尾後に自分の腹脚に受精卵を産み付け孵化まで保護し、受精卵は卵内で変態を続け23週間で親と同じ体形で孵化する

すなわち、プランクトンの幼生期を経ない特殊な甲殻類なのであり、黒ビー(ビーシュリンプ)や赤ビー同様、環境が整えば水槽内に於いても勝手に繁殖する。

放置していても稚エビは2㍉の体長をもって勝手に孵出してくるのだが、どっこい待ってましたと同居のアカヒレにペロリとやられるのは必至。

仕方なく、20㍑の小型水槽とスポンジフィルターを買いに走るのは我が性である。

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温和で雑食なこのエビはデトリタス(イトミミズやアカムシ)以外の動物を襲って捕食することはなく、水槽内ではミズゴケや観賞魚用の配合餌料を食べてしめやかに生きている。

しかし、その飼料の過不足が視覚的に不明確な為、その指標として私はタンポポの葉を与えている。

 

ほうれん草でもいいのだがppbの単位でエビ類が斃死する残留農薬を危惧するよりは犬の尿にまみれたタンポポを私はチョイスする。

 

レシピ

 水に塩と味の素を適量加え沸騰させる。

 タンポポの葉を約2分茹でる。

 冷水で冷やし水切りする。

 葉を一枚ずつくるくる丸めて冷凍すれば長期保存可能。

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我が家のエビ達はこのタンポポのお浸しが大好物なのだ。
現在一日4枚の葉っぱを消費している。
20㍑の保育水槽には既に累積6尾の抱卵個体を収容済みで、一腹30卵とすると180尾の稚エビの「お乳」を私には確保する責任があるのである。
2013/01/20

蛇足:悪食の私が試食しない筈がない。タンポポ(セイヨウタンポポ)の葉っぱは人類に於いてもおいしい食材と認めた。

 

 

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2011/10/09

猫のプライベート

  世の中に猫を放し飼いにしている輩が存在する。

それら放し飼いにされている猫達は出入り自由であり、時に家の中に置かれた専用のどんぶりでカリカリを貪り食い、満腹になれば縁側で日向ぼっこを楽しみ、時にご近所の庭先で排便をし、夜になればご主人様のベッドで一足先にのの字を書いて寝ている。

こんな極上の生活をのうのうと送っている猫のご主人は私の友人の中にもいる。だが、なんの非もないのに毎日玄関先の決まった場所に猫糞をされてしまうご近所様にとっては猫嫌いでなくても愉快なことではないだろう。

 我が家にも猫が一匹棲息している。

実を言うと、今から一年半ほど前までは我が家でも「放し飼い」だったのだ。借地上に家を建て直すさえ、地主から「ご近所から苦情が多いので猫は外に出さないように」と注意をうけたため、現在棲息中のチャトラは家猫として馴致せざるを得なかった。

 注文住宅の新築だったのに間取りや付帯設備についての打ち合わせ段階時点では「囲炉裏」や「自在鉤」を吊るす天井の工夫などに集中し、いざ、新居での寝起きが始まると(ここしかあり得ない)といった顔をして猫トイレが私のベットサイドに鎮座していた。

間抜けとしか言いようがなかった。

それは人口砂の入った容器の上をドーム型の蓋で覆った市販のもので、解放されている蒲鉾型の入り口から「使用者」は、頭から入り、中で反転して蒲鉾から上半身を出し前足を踏ん張り、ひとしきりいきんだ後、後ろ足で砂をかきあげ、さらに反転して今度は前足で「物」を埋めて、何事もなかったかのような顔をして、幾粒かの砂を撒き散らしながら出て行く。特有の匂いがプワ~ンと漂いはじめるのはこの時からだ。しかも、我が傍らから!

このプワ~ンを解消する作業を開始した。

 

まず手を付けたのが「吸着」法である。先の震災時に大量に買い付けた活性炭が押し入れに眠っている。放射能までをも吸着するという(福島第一原発事故に於いて東電が急務と位置付けた作業の一つに制御室の空調設備の復帰であった。室内に存在する放射性物質を含んだ空気を清浄化するためであり、そのフィルターには活性炭が使われているらしい。水道水に放射性物質混入のニュースの直後に報道された為、私は水道水から放射能をろ過する目的で備蓄した。)活性炭が猫のプワ~ンを吸着しない筈はなかろう。

さっそく小型・超静穏の観賞魚用エアーポンプを購入し、活性炭を詰め込んだ500ccペットボトルに繋ぎ、猫トイレのドーム内に吊り下げ、電源を入れた。

ところが、何の効果も見られぬまま、3日も経たぬうちにエアーポンプがウンウン唸り始めた。探ってみるとエアーポンプの吸い込口にある粉塵よけのフィルターに猫毛がいっぱい詰まっていた。調べれば活性炭にはアンモニア吸着能力はないとのことで、当該策は化学的にも物理的にも不適合の結論を得た。

次いで、ペット臭に有効であると謳った空気清浄機の購入を考えたのだが、初期費用のみならずフィルターの交換等手間とランニングコストがかさむ事、そしてなにより手造りの楽しみが失われる為、廃案とした。

次いで第3案。

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現在の建築基本法ではシックハウス症候群対策の為新築家屋に於いては24時間連続運転の換気設備の設置が義務付けられている。我が家の一階部分には居間の片隅の天井にそれが組み込まれており、僅かな音を立てながらいつも回っていて、天井裏のダクトを通して屋外へ空気を押し出している。ふと気が付くと呼応する空気取り入れ口が居間の床近くにある。外側には虫除けのフィルターが付いており、内側のカバーを外せば直径15cmほどの穴が壁を貫通してポッカリと口を開けている。この穴を利用した。

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すなわち、実用済の猫トイレがスッポリと収まる箱を

1×4材で作り、AC100 2.1/2.5W 50/60Hzのパイプ用排気ファンを取り付け、100mm径のVU管で穴に直結したものだ。メンテナンスが容易なように箱の前面部分は丁番により全面が開くようにし、自由に出入り可能な猫ドアを取り付け、更に、箱全体が移動可能なようにキャスターを付けた。

箱の内部には猫トイレの砂の入った容器だけを置き、容器と出入り口の距離を広く獲ってその間に一寸竹の半割りでスノコを敷いた。このスノコは猫の指間に挟まった人口砂の箱外飛散を防止するための工夫で、蒲鉾型のスノコの上を歩けば猫の指間が強制的に開かれることにより砂が落ちる道理で、まさに特許製品と言えそうだ。

 

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柿渋の1回塗りで格調高く仕上げたそれは我が家の居間のほぼ真ん中に置かれ、たれが見てもそれが猫の便所であるとは思わない。僅か2.1Wの消費電力のお陰で

プワ~ンは完全に屋外へ押し出され快適となった。唐突に箱の中がカサゴソと音を立て始めると「ギョッと」する客人もいるのだが、力んでいる姿を人前で晒す事もなくなったチビもこの薄ら暗いプライベートルームが気に入ったようである。

2011/10/09

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2010/02/06

「剣客商売」ながれる夜に(小太郎)

 5年ほど前の事。

 よせばいいのに、子供が生まれたばかりの娘が、交通事故にあったと思われる瀕死の子猫を拾ってきた。

よせばいいのに、家人は懇意の獣医にそれを託し、高額な治療費を支払い、生を取り返せしめた。

同時に、去勢を施し、性を奪い去った。

家が荒されるのを懸念した娘は、理不尽にも引き取りを拒否してしまい、依頼、我が家の居候である。他の猫は家主と同じ姓を持つが、したがい、その居候は一人山田姓を持つ。

その頃流れていたTV時代劇「剣客商売」から、無外流の達人で主役の秋山小兵衛の孫の名を拝借して「小太郎」と命名した。

事故の影響か右目の瞳孔が開きっぱなしで見えず、人一倍食べるくせに雄猫とは思えない程に小さい。獣医には「長生きは叶うまい」と云われていた。

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が、この居候性根が悪い。

自分の倍ほどもある既存の家猫三匹を相手に常に喧嘩を仕掛けにいく。この三匹は十分大人なので相手にもしないのだが、いかにも迷惑そうな顔をしている。

私などが抱き上げようとすると「シャーッ」といって爪を立てる。

外に出て行っては野良ネコと親しみ、勝手に家に連れ込んで来てはまた悪さをする。

昨日、スペシャル番組で久しぶりに「剣客商売」が放映された。「道場破り」がそのタイトルだった。

劇中の小太郎も大きくなったもんで、母親の三冬が「こた!」と叫んで叱る姿は、まるで我が家人がうちの居候猫を叱る姿と同じである。もっとも、寺島しのぶ殿ほど美しくないのだが。

この日、うちの「こた」は不在であった。三日まえから体調を崩し入院中。

どこかで何かを食ったのか、ぐったりとうずくまり、ときどき示現流の気合(http://www.suzaku-s.net/2007/06/jigen-ryu.html)の如き奇声をあげて苦しがる。

他の猫たちはほっとした表情でくつろいでいる。どうやら小太郎がいる時とそれぞれの居場所配置まで異なっている。

電話が鳴った。

「肺炎が悪化した模様です。いまから酸素室に入れます。かなり危険な状態です」

家人が飛んでいった。

テレビでは中村梅雀演ずる鷲巣見平助が20年前に見捨てた娘に看取られ息を引き取ったところ。

大治郎が平助を殺した道場で暴れている最中、家人が帰宅した。手に厚紙でできた箱を持っている。「まだ、息があったんだよう、いった時には」

厚紙の箱に「小太郎」がねむっていた。

まだ温かかった。

だが、「シャーッ!」と、再びは云わない。

2010/02/06

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2007/02/04

コロよん

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 ドテッと寝てばかりのコロ爺に異変が起きたのは22日の夜だった。

 台所に立つ妻の後を追ってよろよろと立ち上がり数歩歩いた処で、突然、嘔吐しながら倒れた。妻の悲鳴で駆け付けた時、奴は既に自力で起き上がり、自分の嘔吐物を恥ずかしそうな顔をしてペロペロ舐めていた。

異変はその後の奴の行動だった。

横になろうとせず、家中をノソノソと歩き廻るのだ。徘徊の途中で何回か食事中の私に向かって鼻頭らをこすり付けて来る。だが、奴の好物の砂肝を与えても口を開けようとしない。玄関で弱々しい遠吠をあげる。散歩を要求する時のいつもの吠え方とは明らかに違うが、何かを訴えているには間違いない。

都度、妻が飛んでいく。

その奇怪な行動が朝まで継続し、深夜には私の枕元にまで幾度も押しかけて来た。

互いに眠れぬまま朝を向かえ、私の出勤後、妻が浜中の下にあるかかりつけの獣医の処へ連れていく。

奴は自分の脚で歩いて行ったそうな。

肝機能不全の診断を受け、半日の入院で点滴加療、夕方に獣医の車で帰宅してからがもういけない。私と妻のベッドの間で蹲ったまま、呼びかけには眼だけで答える。時折、首だけをもたげて昨夜よりもはるかに弱い遠吠をあげる。

翌、日曜日の9時前に獣医から様子伺いの電話が入る。動かすと危ないので午後に往診に来てくれるという。

夜が明けてから3回目の遠吠。

妻が声をかけに走る。

いつもなら、散歩から帰って着てドンブリの水を飲み、カリカリをカリカリやっている時間だ。15年の間、欠かしたことのない朝の散歩。

「散歩行かなくていいのか。」、ポツリと云った妻の顔が瞬間緊張し、1分ほども眼を離していないコロのもとへ。

2007/02/04/10:30、寝室から妻の嗚咽がこぼれた。

思えば一昨日、倒れた時から奴は私達との別れを悟っていたに違いない。天上の声に呼ばれ、住み慣れたぬくぬくとしたこの家から旅立たなければいけないと、奴は徘徊を続けながら家人に別れを告げ、だが外に出られない玄関で戸惑いの声を上げたに違いない。

そして、家族が集まった日曜日、やつは静かに旅立った。

ダンボールで仕立てられた空色の棺に納められ、奴は荼毘にふされた。

きっと今頃、リードも首輪も外して千の空を駆け巡っているはずだ。

2007/02/06

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2007/01/27

コロ爺

 喰わず嫌いと言うのとは異なるのだが、最近の子供達にはかわいそうな問題がある。

 この年で、もうじき3歳になるアオという孫が、私にはいる。アオの母親は私の娘なのだからその責任の一端は私にもありそうだ。

小さい子供にはバラエティーに富む食い物をもっと経験させて欲しいものだ。

 

 娘が今のアオと同じ年頃の時には、イカの塩辛が大のお気に入りで、これがないとご飯を食べなかった。だが、成長するに伴ない、余りにもよそ様と異なる私の食水準に気付いたのだろう、塩辛も含めた私が好んで食べるものをいつの間にか敬遠するようになってしまった。

 迷惑を被ったのは彼女の母親で、私と子供たちの分はいつも別メニューの献立を強いられた。

そして、家の台所に立ったことのないまま、いつの間にか娘は結婚し、男の子を産んだ。

 離乳食を経ていくばくかした頃には、アオは既に好き嫌いが身に付いていて、野菜、特にニンジンや青菜にはソッポを向くようになっていた。

 なんでも食べられる筈まで大きくなった此の頃、彼に異変が起こった。

 彼が私の家に来ると食事時は必ず私のそばに座り込む。“爺ちゃんの食べているモノはなんでもオイシイ”との「スリコミ」が出来上がってしまったのである。

始めの頃は、「そんなの食べられないよー。」とか、「そんなの食べさせた事ない!」とか、「それは嫌いなのっ。」など等、娘の野次が多々飛んだ。

だが、ブリカマの照焼き・マグロのスキミ・砂肝の塩焼き・目刺・背黒の刺身・枝豆・鶏皮炒め・ソラマメ・冷奴・小鯵のマリネ・鰹のナメロウ・稚貝の酒蒸・墨汁・ナマコの酢の物、をことごとく「おいちぃ!」とクリアーし、スティックのセロリとニンジンをマヨネーズで「おいちぃ!」と丸かじりするに至った時、アオの母親は抗議の言葉を失った。最近では更なる進化を遂げ、京ニンジンのヌカ漬けを平らげるまでとなっている。

これらの食い物は酒飲みには欠かせない居酒屋料理なのだが、娘の家では晩酌の習慣がなく、さらに、魚の買い方及び調理法も知らないから、必然的に肉とサラダ中心の味気ないアメリカン・メニューになってしまう。そして、同様の若い家庭がたくさん存在していることを懸念している。

アオにとって、我が家の食卓は、食いもんの宝箱なのだ。

アオがいないある日の夕食時、いつもアオの座る場所に犬が鎮座している。諸般の経緯で、出来れば家長の私を避けて通りたいと、15年の間思い続けて生きてきた筈の犬。最近では居間の片隅で日長ドテッと寝ているだけとなった老犬 コロ爺だ。

その老犬が私のかたわらに陣取り、身体をプルプル震わせながら、ジッと訴える様な目で見つめているのだ。

ためしにクサヤの頭を鼻頭らに近づけると、なまいきにもさんざん臭いを確認した末、パクッとやった。そして、皿が空になるまで立ち去ろうとしない。

どうやらアオの行動を、緑内障を患い濁っている眼で秘かに観察し、そして学習していたらしい。

奴は散歩中の排便にリキミ過ぎ、一度死んでいる。獣医から心臓弁膜症の診断を受け、ローストビーフに隠された高価な薬を毎日食べて生きていた。「夏は越せない」「冬は越せない」獣医の言葉を覆しまた年を越した。ゲホゲホと老人くさい咳を吐きながら、15歳にして始めて旨いものにありつく術をアオに学んだ。070122_182050

さすがに野菜や酢の物は受け付けないが、残されている幾ばくもない時間の中で、せめて焼酎の晩酌を、アオに先んじて共にしたいと私は願っている。

2007/01/27 升

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2006/05/23

マニア

1.

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「東錦の稚魚です。20℃程度の水温で飼われるとエサをよく食べ早く成長します。私どもの東は、浅葱東と言われるくらい浅葱色がよくあがり、毎年色が変化していきます。7才になるまで様々な色彩が楽しめ、写真に写した瞬間からでも刻々と変わっている程です。そんな金魚を育ててみませんか?
 4月6日産まれ。親は12~13センチの4歳。
 写真は稚魚と親のオスとメスです。ご検討の参考になさってください。 クレーム・返品はご容赦願います。生体に不具合が発生した場合はキャンセルする事がございます。以上をご理解の上入札の程よろしくお願いいたします。」nisiki

「東錦に魅せられてオランダと三色出目金を掛け合わせました。選別を繰り返したすえ、今でも駄金に囲まれ、幸せな日々を送っております。
 繊細且つ柔軟で煌びやかな彩りを持ち、おおらかな尾を大河の如く流す 錦を期待します。」irori

「はじめまして、いろりさま。
 落札いただきありがとうございます。
 振込確認後の発送ですので、銀行振込の方をお願いします。
 発送、到着日は追ってご連絡いたしますが、ご希望日などはございますでしょうか?
 いい金魚を作るには10年以上はかかるといいますから、やはり最初は本物を育ててみるのがいいのでしょうね。
 頑張ってください!」nisini

「錦どの
昨夜、代金振り込みました。
ご確認下さい。
飼育水槽はスタンバイ完了しております。
明日着でもかまいませんが、19時以降の時間指定で出来ればお願い致します。」irori

「振込を確認いたしましたので、本日発送させていただきます。
到着はご指定の通り、明日17日水曜日の19時以降『20時~21時』の時間帯指定をさせていただきます。
お受取の方よろしくお願いいたします。」nisiki

「いま、着きました。
長旅ながら皆元気。ありがとう。2006/05/17」iroriSh0421

2.
「こまわり殿。
先ほどは電話で失礼しました。ディスカス、ビーシュリンプはその後如何でしょうか。
店頭から、国産ビーが消えて久しくなりますが、何かあったのでしょうか?
私は、ヒーターの電気代が払えないので、金魚にはまっています。
東錦を作ろうと、三色出目金とオランダを掛け合わせ、1万粒の受精卵を
得ましたが、今年は、升錦に終わりました。」irori 2004/8/27

「Re: 先ほどは失礼しました。
メール有り難う。届きました。
 なんとバカな℡をかけたくるんだろう、と思ったけど、仕方なく出た。ネットで宅
急便を見れば料金分かるのに・・・・

 実は升と同じようなことをやっていて、水換えの真っ最中でした。手が離せなくて
困った。家の周り中水槽だらけ蚊だらけ。うちはランチュウですが。
 熱帯魚は今もやっていますがディスカスは原種にはまって何とか子がとれればと奮
闘中です。未だに成果はありません。
 
 本日アロワナの死が確認されました。残念ですが。今年の2月に15センチ位のを
購入したのですが先に居たのが虐めるため、気温が高い間だけ外の180cm水槽に
移しておきました、ここ4-5日寒くなったので元に戻したらやられていました。3
0cmくらいになったので大丈夫と思ったのが失敗です。尚このメールは妻に読まれ
るとやばいので送信後削除します。死んだなんてとてもいえな~い。

 うちも電気代がかかるので何とかいい方法はないかと思案中です。外の物置を自分
で改造して水槽小屋にしたのですが冬場で30000円くらい。夏場は10000く
らいかな。一年中エアコン付きです。人間はエアコンなしで汗だくでした。元はとて
も取れません。と言うか手を広げすぎて借金で首が回らない。
 小屋の屋根に防水シートを張り土を盛り草花でも生やせばちっとは違うかなぁ~
なんて考えたり、やる価値あるよね。

 ビーの件ですが元々これはシンガポールやマレーシアなど東南アジアが原産だと思
うけど、今は香港産が入ってきている。原産地は埋め立てが盛んに行われているらし
くビーの繁殖場所が減っているらしい。
うちにもレッドビーが辛うじて生きながらえて居ますが、原種のビーを入れてないた
め免疫抗体が減っているらしく数が増えない。エビ御殿は建ちそうもありません。

その間新種でもと考えて土佐金とランチュウを掛け合わせてみたが失敗。ランチュウ
に土佐金の巻尾なぞと考え・・・お互い新種作りに励もう。
また連絡する。」komawari 2004/8/27

「Re: 先ほどは失礼しました。
ありがとう。 100%あなたの周辺が理解できました。
とても素敵な内容なので、私のHPに掲載したいのですが、差し支え有りません
か?」irori 2004/8/27[20:18:28]

「Re: 先ほどは失礼しました。
ホームページに掲載はご勘弁を。新種ができましたらお願いします。
それと言い忘れましたが、うちと同様(犬が2匹)犬と魚に振り回されている毎日の
ようですが新種の改悪にならぬよう頑張りましょう。」komawari 2004/8/27[21:14:17]

つづく

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2005/11/09

スズメ

 初夏の日和が続いた連休も終わり、三浦半島にしばらくぶりの静寂が訪れた途端に、冷えた。早朝の三崎口駅前は木枯らしの様な冷たい北風が吹いていた。ロータリー沿いにある居酒屋の路地を曲がり、駐車場へと向かう。 路地の突き当たりには小さな公園があり、カエデの木が何本か植えられている。 最近はこの道を通うのが(出勤が)楽しみの一つになってしまったので、いつもは前か上しか見ていなかったのだが、この日に限り下を見ながら歩いていた。乱視プラス老眼の脆弱な視力となった私の眼には、遠近両用の眼鏡無しでは見過ごしてしまっただろう。その日私は珍しく眼鏡を掛けていた。
 カエデの木の根元に、なにやら黒ずんだボール状の物が小刻みに振動している。その場にしゃがみ込み覗き込むと、スズメの子だ。生えそろったばかりのありったけの羽毛を膨らませ、震えている。私に気づいても逃げる元気もないようだ。しばらく躊躇したがとうとう拾い上げてしまった。我が家の狭い室内には、犬1匹猫5匹が我が物顔でのうのうと居座っている。とても小鳥を養う環境ではない。家には連れて行くわけにはいけないことを承知で拾ってしまったのだ。さて、どうしよう。左手で作った窪みにすっぽりと収まっている小さな命を再び覗き込む。私の手のぬくもりで震えが止まり、私のほうを向いて、「ピー!」と大きな声で鳴いた。よし、腹は決まった。
 前夜から留めてあったウイングロードに乗り込む。 シフトレバー後方にあるドリンクボックスにティッシュペーパーを敷き詰め、スズメの子を収容し、城ヶ島へ向かった。
 工場の南向きの一室は朝日を浴びて既にポカポカとしている。緑茶ティーバックが入っていた厚紙の小箱を見つけ、ペーパータオルを敷き、彼の寝床とする。震えは収まっていた。 昼飯の握り飯から飯粒を失敬し、楊枝で紙縒りを作る。さすがに飯粒には振り向きもしなかったが、紙縒りに水を含ませ口ばしの先に水滴を落とすと咽仏を動かしごくりとやった。活きると確信した瞬間だ。
 ほっとして、当日の工場操業の段取りのためスズメの子のそばを離れた。観音開きの戸を少しだけ開けたまま、無人の早朝の工場で私一人の仕事を開始した。「ピーィ!ぴーぃ、ぴーぃ、ぴーぃ、ピーィ!」狭い工場のどこにいても聞こえるほどの大きな声で鳴き始めた。あわてて小部屋に飛び込み覗き込む。まるで、親鳥に餌を強請る鳴き方だったが、私の顔と気付くと、ぴたっと泣き止む。ふたたび、飯粒を試し紙縒りの水を与える。この繰り返しのまま、やがてそれぞれのスタッフが出てくる時間となった。
 事務の女性が当日の発注書類の確認にまず現れるのが決まりである。そう、私はこの時を待っていたのだ。私は一人段取りを続ける。事務員が加工場の階段を駆け下りてくる。
書類のチェックを始めたとたん、見計らったように「ぴぃー!」。
「鳥のこえですか?」
「うん、今朝拾ってしまった。」
「わー!スズメの子だ。」
「俺のうちは猫屋敷なので養えない。どう、預かれない?」
「お母さんがこの前ツバメの子を空に返したので大丈夫です。任せてください。」
 緑茶ティーバックの小箱を大事そうに手の平に載せ、39歳になるという事務の子は階段を駆け上がっていった。
 創業開始1週間の会社で未だ同僚の気心も掴んでいない頃のことだったが、この島周辺に生活する人達の多くは、必ずや私とおなじ感情の持ち主であると、なぜか勝手に確信していた。昼休みの時間に事務所にもどると、彼女は指でOKサインを出しながら、
「あれからすぐにお母さんが車で取りに来て、餌にする虫を買いに行きました。」
「そー、有り難う。あの大きさなら1週間もしないうちに飛べるかもしれないよ。」
「楽しみですね。」 

 翌朝も冷え込んでいた。私は昨日に増して楽しげに三崎口の駅に降り立つ。いつものように空を見ながら歩きたいところだったが、「今日も落ちているかもしれん。」の期待から下を見続けて駐車場へと歩く。
 それは昨日のスズメの子がうずくまっていた所からおよそ1メートル離れた同じ木の根元に落ちていた。昨日のと同じ大きさのスズメの子が落ちているのだ。状況から察するに、同じ巣から脱落した兄妹であろう。ただ一つだけ昨日の子と異なるところは、目蓋が陥没し口ばしがだらしなく開きっぱなし、そう、死んでいることだけだ。おそらく、昨日同時に巣から落ちたものと思うが、この悲しい亡骸は私の不注意に起因するものだ。自責の念に駆られてしまう。昨日、私が今一度周辺を見渡せば、兄妹で今日の日の出を迎えられたはずなのに。
 昼休み。
「あのー、だめだった様です。すみません。」
「そーう。虫は食べたの?」
「いいえ、食べる元気もなかったようです。」
「それはかわいそうなことをしたね。」
「でも、あのまま拾わなくても死んでしまうから。」
「いや、そのことじゃない。あなたのお母さんに対してだ。」
「いいんです。鳥 すきだから。」
「実は今朝ねー、、、、、。」
2005/05/19 升

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みるく

 天草五橋を渡り切り松島温泉街を抜ける。二コニコ堂を左に折れ、山を一つ越えると阿村だ。
 不知火海を一望とする高台に木造二階建一軒家がある。100坪の敷地、もちろん隣接する20坪の畑付きで、家賃月1万円。
 土間に続く六畳間の畳の下に囲炉裏が眠っていることを、私は早くから見抜いていた。

 仲里村立久米島小学校から、松島町立阿村小学校に転校したばかりの娘が、ハツカネズミの成体と見紛う大きさで白く薄い皮毛に覆われた桃色の生き物を、どこからか拾ってきた。
 眼も開いておらず歩行もできないところから、この生物が成体ではない事を瞬時に看破した私は、観て見ぬ振りを決め込んだ。
 数日の内に☆になる運命に違いない。 関われば私の人生の、悲しみのページがまた一つ増えるだけだ。

 私は両手で我が眼と耳を被った。
 晩酌の球磨焼酎を啜る際に、しかし、垣間見てしまった。 
 娘の母親が彼女の手のひらの中で納まってしまう”それ”に、学研の実験キッドに付随していたプラスチック製のピペットで、牛乳を飲ませている。 
 細い鳴き声から察するに”これ”はネコ科の生物に違いない。 
 久米養殖天草事業場と印字された小さなダンボール箱にタオルを敷き詰め、収容されているようだった。

 明くる朝、少なからず結果が怖かったが、家族の顔色から判断し、まだ生存しているらしい。 
 クルマエビとフグの開眼前(注:彼等は卵の中で発眼する)の飼育には絶対の自信が有る私にも、ネコは知らない。
 とうとう気になってしまい、ニコニコ堂の本屋で、ネコ飼育マニアル本を購入した。 

 文献にまず頼るのが水産学士のやり方だ。 
「肉食ほ乳類動物であるネコに、草食ほ乳類の乳を与えても成長しない。」 とあった。 脂肪分割合がまるで異なるらしい。
 私は天草の都心(地元の人がよく言う"直ぐそこ")の本渡に向け、300万尾のクルマエビを放り出し、ネコミルクを買いに往復2時間の旅に出る。 

 金魚のえさと犬猫飼育グッツ及び釣り道具を狭い店舗で一緒くたに販売している見るからに怪しい万屋で、一缶だけ置かれていた猫用粉ミルクと猫用哺乳瓶を手に入れた。

 濃厚なるネコミルクを、果たしてピンクの生き物は哺乳瓶からグビグビと飲んだ。 
 あっという間にその小さな腹が膨れ、箱の中で眠る。 
 日を追うごとにその腹は暴慢し、首を摘んでぶら下げると水を入れたイチゴミルク色の風船のように、くたびれた風景になってきた。

 消化した高濃度の脂肪が排泄されていないのだ。 本には「親ネコが舐め取る」 と書いてあった。
 娘に 「責任上、お前がやれ!」 と云っても、キャー々云って一向に拉致があかない。 
 指先でさすっても、こよりでつついても反応はない。 
 救命のつもりのネコミルクが致命的な粉になる時が近づいている。 
 
 小さな命を救ったのは1歳になった、あの天下の駄犬コロだ。
 とうとうヨーヨーに変化した奇怪な生き物の楊枝のような尻尾を持ち上げ、コロの鼻先に突き出した。 
 たったの一かみで張りつめた薄い腹の皮が千切れ飛ぶ危険を顧みずに冒険に打って出たのは、嶮暮帰島で羨ましい生活を送っていた畑正憲氏の著書から得た機転だった。

 我が駄犬は、ムツゴロウ師の名犬 ”グル” と同様な行動をしてくれた。
 すなわち、ぺろぺろ・ベロベロ 縁もゆかりもない さらに 属名も異なる 彼のペニスよりも小さい生き物の更に小さい  肛門を 舐める。 
 ネバーエンディング・ストーリーに登場した、犬の顔を持ち、且つ、あり得ない毛むくじゃらの表皮を持つ、龍のようなキャラクターと、コロの顔が同様に大仏様の御顔に似ていた。

 1週間も経たないうちに、摂取・消化・吸収・排泄の基本的成長サイクルを取り戻したその小さい奴は、全身が純白の綿毛で覆われ、そして、眼が開いた。 右が金、左がエメラルド。 

 頼りゲのない4本の脚をわなわな震わせながら歩き始めた。 
 玄関土間を転げ落ち、敷居を乗り越える。 
 その向こうにはトロ箱で作った犬小屋 コロがいる。 
 「ミィー」 一声鳴いた。 

 昼寝の真っ最中のコロがめんどくさそうに左眼だけを開ける。
 踵を返し、さらに全身を揺らしながら、縁の下に消えた。
 「おーい、ミルク。 迷子になるぞ!」 娘がつけた名前だ。
 縁の下を覗く。 
 ミルクは囲炉裏の下辺を被う石積みの下に佇み、己が背負ってしまった将来を、高価な両眼でただ見つめていた。
2005/01/03 升

 

 

 

 

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